“ミスター・ラグビー”と呼ばれた平尾誠二さんが世を去って8年近く経ちました。その平尾さんのプレーに魅了され、同志社大1年の時からレンズを向けてきたのがカメラマンの岡村啓嗣(おかむら・ひろつぐ)さんです。昨年11月にはその集大成とも言える写真集『平尾誠二 ラグビーを愛し、ラグビーに愛された男』(神戸新聞総合出版センター。定価=4500円+税)を出版しました。旧知の間柄でもある岡村さんに話を聞きました。
――写真集を出版するに至った経緯は?
岡村啓嗣: 平尾さんとは写真家と被写体というよりも親友に近い関係でした。よく話をしましたし、よく飲みにも行きました。実は恵子夫人を紹介したのも私なんです。最近、平尾さんの写真を整理しているうちに、彼の素晴らしい笑顔、人間味溢れる温かさを思い出し、どうしても1冊の写真集にまとめたいと強く思った。それが出版の動機です。
――平尾さんに注目したきっかけは?
岡村: 元々、平尾さんのことはテレビドラマの『スクールウォーズ』のモデルとなった伏見工業高校(現・京都工学院高校)ラグビー部の全国大会優勝メンバーに「すごい選手がいる」と聞いていたので、注目していました。その彼が1980年度の全国大学選手権優勝の同志社で、1年生にしてスタンドオフのレギュラーを張っている。一度見てみたいと思い、82年1月、東京・国立競技場で行われた全国大学選手権準決勝を取材しました。その時、初めて彼の写真を撮りました。
――その時、抱いた印象は?
岡村: オオカミのような鋭い目をしていましたね。グラウンド上では、それくらいの殺気を放っていました。ただ普段、会う時はとても優しい目をしている。その後、彼がケガをした時にリハビリ風景を取材させてもらいました。彼の話はとても面白かったですね。日本トップレベルのスタンドオフの選手たちの特徴を事細かく分析し、かつ課題まで挙げていました。ラグビーの話をしながら目をキラキラ輝かせていました。そのギャップもまた魅力的でしたね。
――選手でありながら観察力、分析力に優れていたと?
岡村: そうですね。彼は「自分は鳥の目を持っている」とも言っていました。「僕は眼が良いので、離れた相手でもどんな表情しているか、わかるんです。またグラウンド内に選手がどこにいるかも」とも。それくらい視野が広く、グラウンドを俯瞰で見ることができていたのだと思います。それからというもの、私は関西に行く仕事を次から次へとつくり、その合間に同志社のグラウンドへ足を運び、平尾さんと会いました。彼に「キミの10年後を見てみたい。しばらく追わせてくれないか」と申し込んだのもその頃です。プレーヤーとしてはもちろん、10年後、さらにはその先、引退後の平尾さんも見てみたいと思ったんです。
――取材をしていて印象に残っていることは?
岡村: 神戸製鋼が初の日本一に輝いた1988年度のシーズンです。全国社会人大会準々決勝で三洋電機と対戦する直前、平尾さんが「岡村さん、この試合は撮らずにスタンドから見てくれ」と言ってきたんです。
――どういう意図だったのでしょう?
岡村: 周囲の予想は“三洋圧倒的有利”でした。おそらくこの試合に勝負を懸けているから、ひとりの観客として冷静に見てくれってことだったのかなと……。
――いかにも彼らしいですね。普通なら「勝負を懸けるから一番いいところを撮ってくれ!」でしょう?
岡村: そうですね。試合は三洋に14対12で勝ちました。その余勢を駆って、全国社会人大会で初優勝を果たしました。日本選手権7連覇スタートの年のことです。
――ところで35年間撮り続けて、カットはどのくらいの数に及びましたか?
岡村: 5万枚以上です。その中から222枚を厳選しました。
――闘病中の写真がないのは、あえて選ばなかったということでしょうか?
岡村: いえ。彼が闘病中と知ってからは連絡を取るのを避けていたんです。会うのが怖かったんです。自分が普通でいられないことはわかっていましたから。痩せている平尾さんを見て、うろたえる姿を見せると彼が傷付いてしまうんじゃないかと……。
――なるほど。写真集に話を戻すとほぼ完売だそうですね。
岡村: ありがたいことに、先日調べたところ、兵庫県の書店に1、2冊残っているくらいだそうです。まず、この写真集を出すにあたっては、平尾さんと生前親しかった方たち約60人に賛同人となっていただきました。その応援がなければ完成にこぎつけられなかったと思います。ラグビー日本代表、神戸製鋼、同志社大、伏見工業高、京都大学iPS細胞研究所名誉所長の山中伸弥さん、サッカー日本代表元監督の岡田武史さん、指揮者の佐渡裕さん、バレエダンサーの熊川哲也さん、将棋の十七世名人・谷川浩司さんなどにも加わっていただきました。昨年11月に放送されたテレビドラマ「友情」で平尾さんを演じた俳優の本木雅弘さんも快く賛同人になってくれました。そういった方々の気持ちがこの写真集には込められています。
<岡村啓嗣(おかむら・ひろつぐ)プロフィール>
1953年、東京都出身。写真家、出版プロデューサー。立教大学社会学部卒業。写真家として主に人物を専門に撮影してきたが、96年、平尾誠二著『勝者のシステム』(講談社)を契機に出版プロデュースに進出。2023年までに320冊以上の書籍制作に関わり、うち20冊余りを10万部以上のベストセラーに、5万部以上では50冊を超える。平尾誠二のほか、風野真知雄、熊川哲也、菅原文太、谷川浩司、常盤新平、徳川宗英、徳川慶朝、丹羽宇一郎、野村克也、羽生善治、弘中惇一郎、藤井聡太、Milva、村上春樹、山中伸弥(五十音順、敬称略)ら、多くの人たちと長期間に渡って仕事をしてきた。平尾誠二とは同じ1月生まれで10歳年長。著書に『同志社フィフティーン』『同志社フィフティーン1985-86』『ボス猿とバンゾウと仲間たち』『麻薬探知犬シェリー』『わたしは盲導犬訓練士』(旺文社)、共著に恒松郁生『英国王室御用達』(小学館)、五嶋龍『Ryuフォト&エッセイ』(文藝春秋)平尾誠二『生きつづける言葉』、羽生善治『瞬間を生きる』(PHP研究所)。
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