さる10月20日は、“ミスターラグビー”と呼ばれた平尾誠二さんの8回目の命日でした。命日を迎える前に平尾さんの著書『情報感覚』(青磁社)が刊行されました。これは『日経PC21』(日経BP)に1997年から99年まで連載していたコラム(全24回)をまとめたものです。今から30年近く前に書かれたものですが、内容は少しも古びていません。
この本は、平尾さんが日本代表監督時代に書かれたものですが、平尾さんは現役時代から“言葉づくり”の名人でした。
ある時、「ラグビーをやっていなかったら、コピーライターになっていたんじゃないですか?」と問うと、端正なマスクに笑みを浮かべ、「そっちの方が儲かっていたかもしれまへんなぁ」とジョークを飛ばしていました。
「アナロジック・デジタライジング」。これも平尾さんが創案した造語です。
<デジタル化一辺倒になりつつある社会に対して、警鐘といえば大げさだが、小さなホイッスルを鳴らしたい>(前著)
平尾ジャパンは、練習時、ビデオなどを活用しながら、細かなデータを取っていました。
<スピードと持久力向上を図る意味で、一五〇〇メートル走のタイムをとっているのだが、当初に比べれば三〇秒ほどタイムは上がってきている>(同前)
しかし、平尾さんはそのデータに満足しません。なぜなら、タイムと実際のゲームの中での速さが直結していなかったからです。
当時、ラグビーの世界では「50メートル6秒0の俊足」などという表現がありましたが、平尾さんは、いつも首をかしげていました。
「単に50メートルの速さを競うだけなら、陸上選手の方が、そりゃ速いでしょう。ラグビーはボールを持って走るし、相手がおったらかわさんといかん。(タイムは)意味がないとは言わんけど、それほどありがたがるデータやないでしょう」
全くその通りです。これはラグビーに限らず言えることです。プロ野球の世界にも“50メートル走神話”がありますが、直線を走る行為とベースランニングは似て非なるものです。
データはあくまでも選手を評価する上での材料のひとつで、それに依拠してはいけない――。それが平尾さんの考え方でした。
タックルについても述べています。
<タックルの回数とその成功数なども数値で出しているのだが、こういうデータの分析は、数値だけを見ると間違いを起こしやすい。例えば、タックルに三回行って三回成功した選手と、六回行って三回成功した選手を比べれば、成功率十割と五割の優劣がつくが、まず見なければいけないのは、タックルに行っているかどうかだ。成功率だけを見て選手を評価するようなことがあれば、選手は確実に成功できる時しかタックルに行かなくなる>(同前)
この指摘にはハッとさせられました。なぜなら、最近の若者の傾向として「失敗を恐れる者が増えている」という話を、よくあちこちで耳にするからです。
仮にタックルに失敗したとしても、敵にプレッシャーを与えることには成功したかもしれません。空振りに終わっても、その気迫が劣勢だった味方を鼓舞した可能性もあります。
そうしたことは数値には表れません。物書きの世界には「行間を読む」という言葉があります。同様にデータにも「行間」があります。コーチは、それを的確に読み解く能力が必要だと平尾さんは主張します。
またチームづくりにおいては「イメージの共有」が重要だと平尾さんは説きます。そのためには「説得よりも納得」が鍵を握るというのです。これもキラーワードです。
<語呂合わせのようだが、説得して練習した場合、次の日もまた説得から始まってしまう。なぜこの練習が必要か、選手を納得させることが出来れば、練習の内容がいかにハードでも、その練習にはついてきてくれるし、密度の濃い練習にもなる>(同前)
平尾さんがラグビー界に蒔いた“思考のタネ”は、長い歳月を経て確実に芽を吹き、果実をみのらせています。
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