スタンドオフはラグビーにおける花形ポジションです。背番号10はラグビー少年にとって憧れの的です。攻撃の要というより、チームの司令塔といっても過言ではないでしょう。
先日、元日本代表ウイングの吉田義人さんに話を聞きました。
「今も昔も司令塔の存在は大きいですね。そこにスーパースターがいるチームは強い。現在はニュージーランドのボーデン・バレット、アイルランドのジョナサン・セクストンの2人が双璧ですね」
最新の世界ランキングで1位はニュージーランド、2位はアイルランド。両国は2019年W杯の優勝候補です。吉田さんが名前をあげたバレット選手は16年から年間最優秀選手賞を2年連続で受賞、セクストン選手は今年MVPに輝きました。
過去においてもW杯優勝チームには名スタンドオフがズラリと並んでいます。代表的なのが、2連覇中のニュージーランドのダン・カーター選手です。今季から神戸製鋼コベルコスティラーズでプレーするレジェンドです。現在は代表を引退していますが、日本でもハイレベルのパフォーマンスで観客を魅了しています。そのほかにも03年にイングランド代表をW杯優勝に導いたキックの名手ジョニー・ウィルキンソンさんも、ラグビー史にその名を刻むスタンドオフです。
強いチームに名スタンドオフあり――。それは日本でも同じことが言えます。社会人日本選手権でV7を達成した新日鉄釜石と神戸製鋼のスタンドオフと言えば、松尾雄治さん、平尾誠二さん(センターとしても活躍)の顔が浮かんできます。
ジェイミー・ジョセフHCが率いる現日本代表の背番号10は、キヤノンイーグルスに所属する田村優選手です。19年W杯で決勝トーナメント進出を目指すジャパン。そのキープレーヤーに彼の名を挙げる関係者は少なくありません。
田村選手の父・誠さんはトヨタ自動車の司令塔として活躍しました。また弟の煕(ひかる)選手もサントリーサンゴリアスのスタンドオフです。実は田村選手がラグビーを始めたのは高校時代からです。中学まではサッカーをやっていたこともあり、キックには光るものがありました。キヤノン、ジャパンでもプレースキッカーを任されています。12年に代表入りし、15年W杯イングランド大会のスコッドにも選ばれました。スタンドオフとしては小野晃征選手、立川理道選手に続く位置にいましたが、その才能は前HCのエディー・ジョーンズさんも高く評価していました。
田村選手の長所は司令塔としての総合力の高さです。彼自身はパス、キック、ランを選択肢として常に持つことにこだわりを持っています。引き出しの多さは名スタンドオフの条件です。
<「何をしてくるか分からないから相手は迷う。大事にしているのは、どんな状況でも3つのオプションを持ち、そこから最善の手を選ぶこと。それが自分の強みだと思っている」>(『日刊スポーツ』2018年11月14日付)
パス、キック、ラン。この3つを高いレベルでこなす田村選手は現在29歳です。円熟期を迎えていると言っていいでしょう。今年のテストマッチでも田村選手の持ち味は随所で発揮されました。
代表的なシーンが2つあります。世界ランキング1位のニュージーランド相手に過去最多5トライ、31得点を記録した試合では、後半12分にウイングのヘンリー・ジェイミー選手のトライをアシストしました。敵陣中央からジェイミー選手が待つ右サイドへと、大きな弧を描くキックパスはワールドクラスの精度を誇るものでした。また逆転勝ちを収めた年内最後のテストマッチ、ロシア代表戦では後半32分に空いたスペースを巧みに突きました。グラバーキック(グラウンダーのキックパス)で、フランカーのリーチ・マイケル選手の決勝トライを演出したのです。
元日本代表ウイングの大畑大介さんはW杯での田村選手のプレーに大きな期待を寄せる1人です。
「彼はいい時はえげつないほどのプレーをする。正直あれだけのプレーをできる選手は日本にいません。ハマった時の田村がいれば、強豪国を相手にも勝てる力はあります」
しかし、返す刀で「時々ムラッ気が顔を出すことがある」。それが心配材料だというのです。聖地トゥイッケナムでのイングランド代表戦でも、そんなシーンがありました。前半終了間際のことです。ジャパンが攻撃を重ねていた場面で、ロックのヴィンピー・ファンデルヴァルト選手が田村選手にパスを送りました。ところが田村選手は"よそ見"をしていて、ボールを捕り損ねてしまいます。「時間を確認していた」のがミスの原因です。後半に逆転負けをくらっただけに痛いプレーでした。
とはいえ、田村選手の活躍を抜きにしてジャパンの躍進はありません。明治大学の監督として2年生の時から彼を3年間指導した吉田さんも「才能は抜群。一番巧いプレーヤー」と、その才能を手放しで褒めていました。ところが吉田さん、明大監督時代には田村選手を試合で使わないことがありました。
「彼が3年生の時です。田村を1年見てきて、"もっと伸びるはず"と感じてゲームで使いませんでした。乗っている時はものすごくいい。しかし、勝負が見えてしまった時に気の入っていないプレーをするんです。僕はムラッ気をなくしていくことで、もっと伸びると思いました。もちろん彼が試合に出るのと出ないのとでは、チーム力は全然違う。だけど学生の時期にしっかりそういうことを知ってもらわないと、将来必ずつぶれてしまうと思ったんです。それで4年生になって絶対的な信頼を勝ち得てレギュラーになった。チームの中心として頑張ってくれました」
ジャパン躍進のカギを握る「10番」に大きな期待が集まります。
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