来年1月開幕予定のトップリーグ(TL)に向け、2018年度王者の神戸製鋼スティーラーズが動き始めました。ニュージーランド代表(オールブラックス)84キャップのベン・スミス選手、同50キャップのアーロン・クルーデン選手という2人のビッグネーム獲得は1シーズン挟んでのTL連覇(19年度は中止のため)への本気度を示すものです。福本正幸チームディレクター(TD)に聞きました。
――TDに就任して以来、ダン・カーター選手、ブロディ・レタリック選手、ベン・スミス選手らオールブラックスで活躍したビッグネーム獲得が続いています。
福本正幸: 17年5月に私はTDに就任しました。当時のチーム状況は、優勝から離れていて、「昔は常勝チームだったのに、今は……」と言われ続けていた。どうやったら勝てるか。コーチ陣、選手、スタッフ皆で考えていましたが、答えが見つからないままでした。16年10月には平尾誠二さんが亡くなり、チームは混乱しているような状況でした。私は負けグセのついていたチームに、常勝チームの文化、流れをつくってくれる人を探していました。そんな時にたまたま声を掛けてくれたのが、現在の総監督ウェイン・スミスだったんです。
――ニュージーランド出身のスミス総監督は、97年からスーパーラグビー(SR)のクルセイダーズでヘッドコーチを務め、98年から2連覇を果たしました。その後はオールブラックスのアシスタントコーチとして11年、15年のW杯2連覇に貢献した世界のトップコーチ。そんな彼から神戸で仕事がしたいと?
福本:彼が売り込んできたというよりも、最初は「オマエら大丈夫か? 手伝えることはあるか?」と心配してくれていたんだと思います。ウェインがスーパーラグビー・チーフスのアシスタントコーチを務めていた時に、神戸製鋼とチーフスがパートナーシップ契約を結んだという縁もありました。
――福本さんとの関わりもその時から?
福本:いえ、私はチーフスとパートナーシップを結んだ時には、社業に専念していてラグビー部からは離れていたんです。ただ“ウェイン・スミスが来れば、絶対強くなりますよ”という声はチーム内でも多かった。それは私も聞いていました。彼はプロの選手を育て、プロのチームを見てきた経験豊富な指導者ですから。
――実際に会ってみての印象は?
福本:私たちは企業スポーツですから、ラグビーだけをやっていればいいわけではありません。人間として、社会人としてもどうあるべきかを大事にしてきました。だからウェインと初めて会った時、「ラグビーだけではなく人間としても優れた人材を育成してほしい。そこは譲れない」と説明しました。すると彼は「Better people make better All Blacks」と言いました。“良い人間は良いオールブラックスをつくる”という精神でオールブラックスに携わってきた、と。「オレは人として立派じゃないとオールブラックスにはなれないと思っている。だから神戸製鋼もそういうチームにするべきだ。オマエの考えは正しい」と理解してくれたんです。それで“この人に任せよう”と決心しました。17年度の体制は既に決まっていたので、18年度からウェインに総監督を引き受けてもらいました。
――外国人選手の獲得に関しても、スミス総監督の意向を尊重しているのでしょうか?
福本:彼は独自のネットワークを持っており、日本でのプレーを望む選手の情報が入ってきます。それも踏まえ、神戸製鋼の補強ポイントに合わせて選手獲得についても提案してくれます。また獲得に向けての交渉にも動いてくれています。
――GM的な役割も担っていると?
福本:そうですね。現場の組織づくりは彼が中心となっています。
――総監督就任後、18年度は15年ぶりのTL優勝、18年ぶりの日本一にチームを導きました。19年度はカップ戦を制するなど、神戸製鋼は再び常勝軍団の道を歩み始めています。
福本:ウェインが来てから全てが変わりました。ラグビーに取り組む姿勢から、練習内容まで。特に意識付けの面で、彼は“ラグビーはチームプレー。チームのために、仲間のために戦うことが大事だ”という意識を植え付けたかったんです。最初のミーティングで「なんでラグビーをやっているんだ?」と選手たちに答えを求めました。
――ラグビーをやる意義を選手たちと共有したかったんでしょうね。
福本:はい。それに加え、チームを支えてくれる会社への感謝です。神戸製鋼で働く社員を「スチールワーカー」と呼び、「彼らのように困難に立ち向かい、仲間のためにハードワークする姿を目指せ」と。ウェインは会社の文化、歴史を選手たちと共有するため、レガシー活動を行いました。
――レガシー活動とは?
福本:工場や事業所を訪問し、そこで働いている方々との交流を図ることです。18年春には、解体した神戸製鉄所の第3高炉の見学にも行きました。神戸製鋼が日本選手権7連覇を果たした2日後に阪神・淡路大震災が起こった際、この高炉は停止しました。製鉄所の作業員たちは、通常半年かかると言われていた復旧を2カ月半で成し遂げたんです。当時の話を聞き、会社の歴史に触れることで、会社とラグビー部との距離が縮まりました。神戸製鋼のラグビー部は創部から90年以上の伝統を持つ、日本で一番古い社会人チームです。チームの歴史を知り、誇りを持つことも大事なことです。OBや社員に対してもリスペクトする。今までラグビー部、会社、OBがバラバラだったのがひとつになったことで、18年度は久々にTLと日本選手権を制することができました。
――18年度の2冠は、リーグMVPにも輝いたカーター選手の存在抜きには語れません。
福本:彼もウェイン同様に日本へ来ることに興味を持っていました。当時36歳。その点が心配になり、ウェインとチームに所属していた元オールブラックスのアンドリュー・エリス(現アドバイザー)に確認すると、「全然問題ない。彼が来ることでチームにいい文化をもたらすことができる。例えば試合に出られなかったとしても、世界一のバックスコーチになれる」と太鼓判を押してもらい、獲得に踏み切りました。
――カーター選手はこれまで来た外国人選手の中でも別格的な存在です。
福本:あれだけのスーパースターでありながら、私たちと同じ目線で物事に対処していました。いや、むしろ私たちより低いぐらい。全然偉そうにしませんし、荷物の出し入れや片づけも手伝ってくれました。18年度の初戦はウォーターボーイ(試合中の給水係)も担当しました。彼はコミュニケーション能力が非常に高い。そしてチームの選手たちに自分の技術や経験を教えてくれる。巧い選手が若い選手に教えていく。それが彼らの義務でもあるのでしょう。元々、オールブラックスにはそういう文化があるらしいのですが、今やウチの文化にもなりつつありますね。
――新シーズンはチームを退団したエリスさんとカーター選手がアドバイザーに就任しました。その狙いは?
福本:私とウェインが互いにそうするべきだと考えました。せっかく世界的なスター選手がチームに加わったわけですからね。選手契約が終わっても、今後もレガシーとして彼らの存在は大切にしたい。2人に求めているのは、リーダーシップに加え、神戸製鋼に対する思いやレガシーを新しく入る外国人選手たちに伝えることです。彼らにはポジション別のスキルコーチみたいな役割にも期待しています。本人たちもアドバイザー就任を喜んでくれ、「神戸のためにやっていきたい」と言ってくれました。
――TLラストシーズンに向けて。
福本:今年のTLは開幕から6連勝していましたが、残念ながらコロナによって途中で終わってしまいました。新シーズンも全勝で優勝して、我々のやってきたことが正しかったと証明したいと思います。
<福本正幸(ふくもと・まさゆき)プロフィール>
1967年10月16日、大阪市出身。小学生時代はラグビースクールに入ったものの、中学時代は水泳部に所属した。大阪・天王寺高進学後に本格的にラグビーを始めた。慶應義塾大学を経て90年、神戸製鋼所に入社。プロップとして日本選手権7連覇に貢献した。2000年に現役引退後、06年までチームマネジャーを務めた。07年から11年まで日本ラグビー協会に出向。12年からの5年間は社業に専念し、ラグビー部から離れた。17年5月にチームディレクターに就任。
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