1月15日に発生した海底火山の噴火と、それによる津波で南太平洋に位置するトンガ王国は、人口10万5000人の約84%が被害を受けたと言われています。トンガと日本の関係は深く、リーグワンに属するチームには約50人のトンガ出身選手が在籍しています。またジャパンにも中島イシレリ選手(コベルコ神戸スティーラーズ)、テビタ・タタフ選手(東京サントリーサンゴリアス)ら5名(昨秋の欧州遠征時点)が名を連ねています。
第3節(1月22、23日)以降、トンガを支援する動きが、日本ラグビー界で広がっています。リーグワンの各会場ではトンガへの支援募金活動が行われました。アマナキ・レレイ・マフィ選手を含むトンガ出身選手が4人在籍する横浜キヤノンイーグルスの母体企業であるキヤノングループは、被災地および被災者への支援を目的として、日本赤十字社へ1000万円を寄付しました。
また日本ラグビー協会とリーグワンは1月28日、被災者の救援と被災地域の復興支援を目的とした募金口座を開設しました。
<日本ラグビーとトンガラグビーは長きにわたり深い絆で結ばれています。多くのトンガ出身選手が日本代表としてプレーし、社会人から高校生、中学生に至るまで、多くのラグビー競技者・関係者が日本で生活されております。トンガ出身選手たちの活躍と貢献は、日本ラグビーの歴史にも刻まれる大きな功績であり、日本ラグビーはトンガの皆様と共にあります>(日本ラグビー協会・森重隆会長)
さらに支援の動きはジャパンのOBからも。1月24日には代表通算98キャップの大野均さん、同37キャップの真壁伸弥さんらが呼びかけ人となり、クラウドファンディングを開設しました。大野さんによると、寄付金は「開始1週間で450万円に達した」そうです。2月1日20時時点で、支援人数は1210人。寄付金の合計金額は564万5367円にのぼります。
日本とトンガがラグビーを通じて、縁を持つきっかけをつくったのは大学ラグビーの強豪・大東文化大です。日本のそろばんに感銘を受けたトンガ国王が1980年、同大に留学生を送り込みました。その第1号が後に、ともに日の丸を背負うホポイ・タイオネさんとノフォムリ・タウモエフォラウさんです。
その大東文化大が初の大学日本一に輝いたのは1986年度。FWを牽引したのがナンバーエイトのシナリ・ラトゥさん(現ラトゥウィリアム志南利)です。ラトゥさんはジャパンのナンバーエイトとしてラグビーW杯に第1回大会から3大会連続で出場し、そのパワフルなプレーで強豪国の選手たちから恐れられました。
以前、当コラムで紹介しましたが、ラトゥさんをはじめ、マフィ選手、タタフ選手ら日本で活躍するトンガ出身者にはナンバーエイトの選手が目立ちます。その理由をラトゥさんは「少年時代に砂浜を裸足で駆け回ったことで足腰が鍛えられたことが大きい」と語ります。
「トンガで良い選手は海外に出る傾向がある。素質のある子供たちがナンバーエイトを選ぶのは、このポジションができる能力があれば、海外のクラブや学校からスカウトされる可能性が高くなるからだよ」
ラトゥさんは今回の日本からの支援について<ラグビー関係者のつながりは強い。本当にありがたい>(「埼玉新聞WEB版」1月22日配信)と感謝を述べています。近鉄ライナーズ(現花園近鉄ライナーズ)でプレーし、ジャパン通算22キャップを持つタウファ統悦さんもツイッターで<沢山の方が募金して頂きありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです>と綴っていました。
クラウドファンディングで支援を呼びかけた大野さんにもトンガ出身のラグビー仲間が数多くいます。東芝ブレイブルーパス(現東芝ブレイブルーパス東京)で同僚だったルアタンギ侍バツベイさんもそのひとりです。こんなエピソードを紹介してくれました。
「東芝の独身寮前の駐車場で、トンガ式バーベーキューを振る舞ってくれたことがありました。ドラム缶をふたつに割り、下から火を焚いてブタを丸ごと焼く豪快な料理です。皮はパリパリ、肉はジューシーでとても美味しい。ビールを飲みながら数時間語り合ったのは、いい思い出です」
このようにラグビーを通じて良好な関係を築いてきた日本とトンガ。支援のスクラムがさらに強固になることを願ってやみません。
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