日本ラグビー選手会が設立されたのは2016年5月31日。パンデミックに見舞われたこの4月、川村慎選手が3代目選手会会長に就任しました。トップリーグのNECグリーンロケッツに所属するフッカーの川村選手は選手会立ち上げから参加し、初代・廣瀬俊朗さん、2代目・畠山健介選手を副会長としてサポートしてきました。32歳の新会長に抱負を聞きました。
――川村さんは選手会発足当初からのメンバーで、この4月に代表未経験者としては初の会長に就任しました。
川村慎:トシさん(廣瀬)が初代会長になった時から僕は実務的な面を中心に関わってきました。2代目会長のハタケさん(畠山)に「川村がいいんじゃないか、代表経験者よりも。今の選手会で実務ができ、協会やチームに設立の経緯をしっかり説明できる人物が求められている」と言われました。しかし、ふたつ返事で引き受けたわけではありません。
――と言いますと?
川村:僕の中に“自分では無理だ”というネガティブな感情があったわけではありません。これから先の未来を考えれば“影響力のある日本代表経験者”や今後日本を引っ張っていくような若く、可能性のある選手たちに選手を取りまとめる役割を持つ選手会のトップにぜひ立ってもらいたいなと思ったんです。何人かの候補者に打診しましたが会長という役職については断られましたので、結果的に僕が引け受けることになりました。もちろん各チーム理事が集まる理事会の多数決票や意見もいただいた上でですが……。
――選手会発足のきっかけは?
川村:2015年のW杯イングランド大会以降、ラグビー選手および日本代表の影響力が少しずつ大きくなってきました。SNSなどで選手が個人的にラグビー界の問題点に関して発信した際、ひとりの選手が矢面に立ってしまうこと、それによって不利益な状況に陥ることはもったいないと感じました。協会にとっても選手と協会が喧嘩しているように映ってしまうのは不本意でしょう。当時からIRPA(国際ラグビー選手会)に入っている小野晃征とも常々「日本にも選手会があった方がいい」と話していたので、設立を決めました。
――先輩格のプロ野球選手会は労組と一般社団法人というふたつの形態をとっています。
川村:僕らは労働組合を目指していません。だから僕らの要望を通すためにストライキをすることはありません。設立当初は労働組合でないことを説明するのに苦労しました。地道にコミュニケーションを取ることで、少しずつ信頼を獲得していっていると思います。協会からヒアリングを受けたり、定期的にトップリーグの太田治委員長、常深伸太事務局長、新リーグ準備室の谷口真由美室長、瓜生靖治副室長とコミュニケーションが取れるようになってきています。
――今後、労組に移行する可能性は?
川村:そういった意思はありませんし、そうした方向に積極的に持っていきたいという気持ちもありません。また、僕一人の考えでどうにかなる組織構造でもありませんので選手たちの考え方がそういった方向性はつくっていくと思います。新リーグは協会の中長期計画である「日本でRWC(ラグビーW杯)をもう一度開催し、優勝する」という目標のために、現在のトップリーグの環境を生かしながら日本代表の強化や地域へ根ざしたラグビー普及を進めていく方針です。これから何十年も先に完全なプロリーグがもしできれば労働組合のようなかたちになっていく可能性は否定できませんが、現段階においてそうした必要性はないと思います。
――設立から4年。ここまでの手応えは?
川村:現在700名以上の選手が登録されています。トップリーグ所属の約9割にあたります。今後は新リーグに向けて、しっかりとした立ち位置を示していきたいと思っています。
――今年3月、新型コロナウイルスの感染が広がる中、トップリーグは選手の薬物違反を理由にリーグ戦の休止を発表しました。これに対し、選手会は副会長を務めていた川村さんの署名入りで、声明文を表明しました。
川村:コロナの影響に加え薬物違反が引き金となり、休止という判断であれば理解はしやすかったのですが、協会の発表は個人の選手の問題でリーグを休止したと受け止められるものでした。もちろん薬物違反はダメなこと。たび重なったことで協会側がそれを重く受け止めた。その点は百も承知でしたが、休止理由として選手が疑問に感じる点があり、そうした声が多く選手会に集まりました。そこで理事会を通して声明文を出させてもらいました。
――声明文を出した後の反響は?
川村:選手からは「言いたいことを言ってくれた」「モヤモヤしていた部分をちゃんと言ってくれたので良かった」という話を聞き、支持を得られたと思いました。選手以外からも、我々の気持ちは理解していただいたので、声明文の内容自体は間違いではなかったと感じています。その後、太田さんと常深さんと話をする機会があり、情報伝達の部分で不十分なところがあったこともわかりました。とはいえ、こちらも声明文を一方的に出したかたちになってしまったことは反省しています。
――反省点とは?
川村:僕らも記者会見のリリースやニュースのみで判断してしまった部分がありました。声明文を出す前に協会の真意を確認すべきだったかもしれない。そうすれば選手たちに詳しい休止理由を説明することもできたと思うんです。この件ではコミュニケーションの取り方について勉強になりました。今後はより密にコミュニケーションを取らしていただき、選手たちへの情報伝達の部分でも協力していければと思っています。
――会長に就任した直後の5月、選手へのメンタルヘルスケアを研究・啓発する「よわいはつよい」というプロジェクトの取り組みを発表しました。
川村:前任のハタケさんもメンタルサポートの必要性を感じていました。世界のラグビーリーグの選手会、特にニュージーランドやオーストラリアではいち早く取り入れているPDP(プレーヤー・デベロップメント・プログラム)があります。簡単に言うと選手を包括的にサポートするプログラムです。
――選手をピッチの中と外で支えるわけですね。
川村:はい。例えばニュージーランドは各チームに必ず1人、選手会から派遣されたプレーヤー・デベロップメント・マネジャーという相談員がいます。彼らの仕事をニュージーランドのラグビー協会も必要だと感じている。なぜかというと、グラウンド内外の悩みを解決することで選手のパフォーマンスが上がるというエビデンスが出ていて、強化にも繋がるからです。協会はニュージーランドのラグビーがより強くなるという認識があるので、PDPを推奨しています。僕自身も日本ではこういったことに対するアプローチが少ないという問題意識があり、以前から導入したいと考えていました。
――導入はいつ頃の予定ですか?
川村:今年中にはモニタリングをしようと思っています。実際に選手会の何名かに体験してもらい、その成果をデータ化した上で協会やチームにお話させていただきたいと考えています。
――5月末にはオンラインで定時社員総会を行い、約130名の選手が出席しました。
川村:これまでは各チームから委任状を持った理事の方が来ていました。今回は初めてオンラインでやったことで、3ケタ規模の参加者が集まった。僕らとしてはすごく成果があったと感じ、今後もオンラインでやってもいいのかなと思っているぐらいです。移動やスケジュールの関係で欠席する選手は減ると思いますし、直接お話を聞いていただけるメンバーも増えるので、オンラインのメリットを感じています。
――選手会の活動内容には<関係者との適切なコミュニケーション>と記されています。どのくらいのペースを考えていますか?
川村:協会やリーグには月に1回ほどお話をする機会を設けていただきました。今はコロナの影響もあり不定期になっています。ここ1カ月は各チームのGMないしマネジャーの方とオンラインでコミュニケーションを取りました。
――新リーグの開幕は当初予定されていた21年秋から22年1月になりそうです。新リーグに対し、選手会はどんな態度で臨みますか?
川村:全体的なプロセスに加わることは難しいと思いますが、選手ステータスの部分や外国人選手の人数、日本代表の強化について意見交換をさせていただければと考えています。先ほど話した「よわいはつよい」プロジェクトはできれば新リーグから少しずつ導入していきたい。新しいリーグが始まる時に新しい価値を付与した状態で始められるよう、今からしっかりコミュニケーションを取っていきたいと考えています。
――選手会としての今後の目標は?
川村:日本社会におけるロールモデルをラグビー界から発信していきたい。「よわいはつよい」プロジェクトやPDPは野球やサッカーの選手会にも興味を持っていただいているるようなので、日本ラグビー界が先陣をきって、その土台づくりができれば、こんなに素晴らしいことはないと思っています。会長の任期は2年。この2年は新リーグが始まるタイミングと重なるので、多くの若い人たちに新リーグの選手、そしてラグビー日本代表を目指してもらえるような日本ラグビー界にしていきたいです。
<川村慎(かわむら・しん)プロフィール>
1987年8月6日、東京都生まれ。府中ジュニアラグビースクール、慶應義塾高校、慶應義塾大学を経て、広告会社に就職した。一度はラグビーから離れたが、同年8月に退社。NECグリーンロケッツに入団した。日本ラグビー選手会の立ち上げに尽力し、16年5月の設立時から副会長を務める。20年4月、3代目の会長に就任。身長172センチ、体重102キロ。ポジションはフッカー。
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