釜石の成功なくして、ラグビーW杯日本大会の成功なし――。全国12会場の中で、最も収容人数の少ないのが釜石市の釜石鵜住居復興スタジアムです。東日本大震災の被災地である釜石市は「釜石ならではの心温まる」ホスピタリティーの実施に向け、準備に余念がありません。
人口約3万5000人の釜石市では9月25日にプールDのフィジー代表対ウルグアイ代表戦、10月13日にプールCのナミビア代表対カナダ代表戦が行われます。7月27日のパシフィックネーションズカップ(日本代表対フィジー代表戦)では1万3135人の観衆が詰めかけました。
試合会場となる釜石鵜住居復興スタジアムは、東日本大震災の津波で全壊した鵜住居小学校と釜石市立釜石東中学校の跡地に、復興計画の目玉として約49億円をかけて建設されたものです。
釜石と言えば、「北の鉄人」新日鉄釜石について触れないわけにはいきません。1978年度から84年度にかけての日本選手権7連覇は今も語り草です。そこで今回は主力選手として、あるいはプレーイング・マネジャーとしてⅤ7に貢献した松尾雄治さんに釜石の思い出、そしてW杯への思いについて語っていただきました。松尾さんは9月25日、10月13日の両日、市内に設けられたW杯大会公式イベントスペース「ファンゾーン」で行われるパブリックビューイングにゲストとして参加予定です。
「大学4年の時、北島忠治先生(明大監督)から“松尾、新日鉄がオマエを獲りにきているぞ”と告げられた。僕は新日鉄は新日鉄でも八幡なのか、と思っていた。八幡と言えば名門でしょう。八幡製鉄時代に全国社会人大会を12回も制し、日本選手権も1回優勝していた。
一方の釜石は、僕が入るまで全国社会人大会優勝は1回。日本選手権に至ってはゼロだった。ところが、よく聞くと釜石だった。当時は、自分がどこに行きたい、という時代じゃなかったからね。リコーからも誘いがあったんだよ。ロンドンでコーチの免許をとり現地勤務にしてくれる、という条件付きでね。
釜石に行って、まず驚いたのは寒いこと。10月を過ぎたら、もう土のグラウンドに霜が降りてきて、凍っちゃうんだ。蒔いた種が風で飛んでいくから芝も生えてこない。東京の人間からすれば、もう異常な寒さだったよ。
雪はそう多くないけど、風がピューピュー吹きつけてくるんだ。少しでも暖をとろうと、スパイクの中に唐辛子を入れて練習したもんだよ。僕はやせていたから寒さに弱かった」
「選手はほとんどが地元の工業高校を出た真面目なヤツらばかり。朝の8時から午後4時、午後4時から午前0時、午前0時から8時、と溶鉱炉での仕事は3交代制だった。
ところがラグビー部員だけは常勤にしてもらっていた。これだけでもありがたいのよ。工場長や作業長の理解がないとできないことだからさ。だから僕たちは常に“皆さんの気持ちに応えなくちゃいけない”という感謝の思いを持ち続けていましたよ。
地元の選手はね、高校でラグビーをやっていたといっても一線級は、ほとんどいなかった。そして、そのことは皆が自覚していた。だから工場の階段を上り下りする時も、重い工具をぶら下げ、足腰を鍛えているんだよ。
歩くのだって、わざとかかとを上げて歩いたり、社宅から走ってきたりと、皆涙ぐましい努力をしていましたよ。僕はそこにラグビーの原点、アマチュアリズムの原点があると思ったね。これはね、東京の大学や会社では味わえないもの。OBの人たちも素晴らしい人ばかりだった。入ってから分かったね、釜石でラグビーをやって正解だったと。
だから2011年3月11日のことは忘れられないね。僕は東京にいたんだけど、ものすごい揺れを感じた。釜石の仲間に電話しても全然、つながらない。やっとひとりの人間につながったんだけど、“今は無理だ。来なくていい”と言われたね。逆に迷惑がかかる、というわけよ。
それで僕は援助の資金を集めたり、物資を送ったりした。知っている人も随分、亡くなったよ。あのへんの地形は全部覚えているから、どこで、どんな状態で亡くなったか、手に取るようにわかるの。あれは悔しかったね。
それだけに釜石でW杯が開催されることが決まった時はうれしかったね。7連覇している新日鉄釜石の本拠地・釜石を抜きにして、他でW杯はやれないだろう、との思いもあったよ。釜石のみならず岩手県、東北、そしてこの国を勇気づけるには、釜石でやるしかないんだと。フィジー、ウルグアイ、ナミビア、カナダの選手たちにはいい試合を見せてもらいたいね。僕は釜石市民ホールでトークショーに出る予定だけど、グラウンドや解説席で何か偉そうにしゃべっているより、その方が僕に合っているじゃない。昔から知っている多くの仲間たちや市民たちと触れ合えるのを心から楽しみにしています」
地元でのトークショー、レジェンドの松尾さんには、ぜひ新日鉄釜石の伝説のジャージー姿で登場してもらいたいものです。
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