全国大学ラグビー選手権決勝が9日、東京・国立競技場で行われ、帝京大学が明治大学を27対14で破り、4年ぶり10度目の大学日本一に輝きました。試合後の記者会見で、岩出雅之監督は今年度限りでの監督退任を表明しました。
冬晴れの国立で、選手たちの手により優勝回数と同じ10度宙を舞った岩出監督、記者会見場で質疑応答の時間が終了すると、「ちょっとよろしいですか」と前置きし、自ら切り出しました。
「今日の試合で監督として最後にさせてもらおうと思っています。いろいろと考えを持って大学とも相談し、勝っても負けても今日で終わりしようと思っていました。学生たちの頑張りのおかげで、運良く勝たせてもらうことができました。26年間、監督をさせてもらいましたが、帝京大の監督は引退させてもらう予定です」
岩出監督が帝京大ラグビー部監督に就任したのは1996年です。関東大学ラグビー対抗戦グループAに属する同大は、それまで大学選手権に2度出場していましたが、いずれも1回戦敗退でした。
「ちょうど僕が大学にやってきた頃、早稲田、慶應、明治に日体大がからみ、その下に筑波と青山学院が位置するといった状況。帝京もそのあたりのランクでした」
就任後しばらくは、本人によれば「霧の中でもがいているような日々」が続いたそうです。
「少しずつ結果は出てきましたが、僕はすっきりしていなかった。選手自らが頑張っているのではなく、無理やりやらされているという感じだったんです。そこで“ENJOY”と“TEAMWORK”というキーワードを用いて部の風土を変えようと試みました。これまでは、ともすると厳しさがなく、自分たちの好きなことだけやるという甘えが見受けられた。これを一掃しなければならないと……」
種を蒔き、花が咲いたのは13シーズン目の2008年度です。帝京大は早大、明大を撃破し、悲願の対抗戦初優勝を達成しました。そして翌09年度には決勝で東海大学を破り大学選手権を初めて制すると、そこから前人未到の9連覇。計10度の優勝は監督としては北島忠治さん(故人・明大11度)に次ぐ2位です。
岩出監督は帝京大を常勝軍団に育て上げただけでなく、多くの教え子を日本代表に送り込みました。
W杯で初めて決勝トーナメント進出を果たした2019年日本大会では、代表チームにフッカー堀江翔太選手、フッカー坂手淳史選手、フランカーのツイ・ヘンドリック選手、ナンバーエイト/フランカー姫野和樹選手、スクラムハーフ流大(ながれ・ゆたか)選手、スタンドオフ/センター松田力也選手、センター中村亮土選手と7人の教え子が名を連ねました。
「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とする」。これは2020年2月に84歳で世を去ったプロ野球界きっての名将・野村克也さんが好んで使った言葉です。
元々は関東大震災からの帝都復興計画などに尽力した政治家・後藤新平さんが死の間際に残した言葉だと言われています。
昨シーズン、東京ヤクルトを20年ぶりの日本一に導いた高津臣吾監督、野球日本代表監督として昨夏の東京五輪で金メダルを獲得した稲葉篤紀さん、北海道日本ハムでチームを2度のリーグ優勝に導き、昨年12月、日本代表監督に就任した栗山英樹さんらが主な教え子です。また何かと話題を振りまいている日本ハムの新庄剛志監督も、2年間に渡って野村さんの指導を受けました。
岩出監督にも野村さんと同様の思いがあるようです。それは以下の文面からも伝わってきます。
<私たちが本当の意味で残していかなくてはならないのは、一瞬一瞬の勝利の輝きだけではありません。残せる財産は「人」です。社会に貢献する活きる人材です。輝かしい結果ではなく、輝く人を残したい>(自著「信じて根を張れ! 楕円のボールは信じるヤツの前に落ちてくる」小学館)
今月開幕した「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」(リーグワン)のディビジョン1では、東京サントリーサンゴリアスの中村選手、埼玉パナソニックワイルドナイツの坂手選手、トヨタヴェルブリッツの姫野選手(※共同主将)と、3人の門下生がキャプテンを務めています。
リーグワンでは岩出チルドレンの活躍にも要注目です。まさに「人を残すは上」を地でいく26年間の監督生活でした。
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