今夏、トップリーグ(TL)のパナソニックワイルドナイツは本拠を群馬県太田市から埼玉県熊谷市に移します。2019年のW杯日本大会の会場となった熊谷市スポーツ文化公園ラグビー場をW杯後も活用し、地域の活性化を図ることを目的としています。2月28日には、その熊谷ラグビー場でTL第2節(パナソニック対日野レッドドルフィンズ)が行われ、熊谷市出身のスタンドオフ山沢拓也選手が23得点をあげる活躍を見せました。
試合後、パナソニックのロビー・ディーンズ監督はオンライン会見でマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)に選ばれた山沢選手について、こう称賛しました。
「見ていただいたように、これぞヤマ(山沢)というプレーだった。彼は誰にも真似できないプレーをしてくれる」
ディーンズ監督はニュージーランド代表のアシスタントコーチ、オーストラリア代表のヘッドコーチ(HC)を務め、クラブチームではスーパーラグビーのクルセイダースを5度のリーグ優勝に導いた名将です。それゆえに言葉には重みがあります。
26歳の山沢選手は、キック、パス、ランを駆使した創造性溢れるプレーから“ファンタジスタ”と呼ばれています。深谷高校時代から将来を嘱望されており、高校3年時にはジャパンのエディー・ジョーンズHC(当時)から強化合宿に招集されました。
パナソニックの飯島均GMから高校時代の逸話を聞きました。
「彼には“5メートル以内に10人いても1人にも触らせず抜いた”という逸話があります。そんな都市伝説みたいな話が結構あるんですよ」
真偽のほどはともかく、それだけ山沢選手の能力がズバ抜けていたということでしょう。筑波大4年時には、在学中に異例のTLデビューを果たしました。だが、ここまではヒザのケガなどもあり、ジャパンでのキャップ数は3にとどまっています。W杯は15年イングランド大会、19年日本大会の最終スコッド入りは果たせませんでしたが、23年フランス大会では司令塔候補として期待する声が少なくありません。今年4月からは、4歳下の弟・京平選手も明治大からパナソニックに入団します。
ともあれ28日の試合を振り返りましょう。前半4分にキックで先制トライを演出すると、3分後にはトライにこそなりませんでしたが、山沢選手らしい想像性あふれるプレーを披露しました。相手のハイパントキックに対し、自陣から飛び蹴りを見舞うようにボールを弾き返したのです。まるでサッカー選手のような反応。ちなみに山沢選手は熊谷東中学までサッカーとラグビーの“二足のわらじ”を履いていたこともあり、足技には定評があります。
前方に弾んだボールに誰よりも早く追いつき、ダイレクトで蹴り出したボールをタッチライン際でキャッチ。インゴールまでは約22メートル。右足で前方にボールを転がし、追走してきたウイングのチャンス・ペニー選手とのスピード勝負に挑みました。先に楕円球を掴むとインゴール左隅に飛び込みました。
しかし、残念ながら、ビデオ判定の末、ノックオン。最後の最後でボールのコントロールに失敗しました。
山沢選手はその後も多くの見せ場をつくりました。後半4分、キックパスでウイング竹山晃暉選手のトライを演出。14分には個人技で再びスタンドを沸かせます。敵陣右サイドでボールを持つと、巧みなステップを駆使し、センターの川井太貴選手をかわします。縦に空いたスペースへ蹴り込み、再びボールを手にするとインゴール右隅に飛び込みました。
その2分後には自陣中央から右サイドの竹山選手へキックパス。蹴った後、快速の竹山選手に追いつき、リターンパスを受け取ると、縦に大きく空いたスペースに抜け出しました。そのまま約55メートルを独走し、この日2本目のトライ。自らコンバージョンキックを決め、36対5とリードを広げました。
山沢選手は後半29分にベンチに下がるまで6本のキック(1PG、5G)を成功させ、2トライを含む23得点の活躍でチームの大勝(60対15)に貢献しました。
プロスポーツにおいて、長期にわたって同一チームの第一線で活動し続ける選手を「フランチャイズ・プレーヤー」と呼びます。プロデビューから引退まで出身地・出身校の地元チームだけに在籍し続けた選手を指すこともあります。
「昨年夏に“熊谷うちわ祭り”に参加した際、地元の方々と話をして、どれだけ皆さんが山沢に期待しているのかを感じました。小さい頃から見てきて、地元で育った彼には特別な思いがあるんです。山沢のように地域が育んだ選手が増えれば、ワイルドナイツの存在意義を皆さんに、もっと共感いただけると思っています」(飯島GM)
山沢選手自身も地元には強い愛着を持っています。
「パナソニックの移転は、自分にとってプラスになることが多い。小さい頃から熊谷ラグビー場でラグビーをしてきましたし、自分にとっては親しみやすく、馴染みのあるグラウンドでラグビーができるのは幸せなことだと思います。その幸せを噛みしめながらラグビーを楽しめるようにやっていきたい」
飯島GMは山沢選手を「日本ラグビーの宝」と語り、こう続けます。
「スタンドオフとしてタイプ的には田村優選手(キヤノンイーグルス)と比べられる。異論はあるかもしれませんが、私は田村選手よりも天才性は山沢の方が上だと思っています。彼のプレーは勝ち負けという価値基準だけでは測れないものがある。見ている人に“こんなプレーができるのか”とラグビーの可能性を感じさせ、心が鼓動を打つような感動を与えられる。山沢のプレーを見て、そのプレースタイルを真似する子どもたちがいっぱい出てくるはずです。その中から第2、第3の山沢が出てくることに期待しています」
熊谷市は「スクラム」と「クマガヤ」を掛け合わせた「スクマム!クマガヤ」のスローガンの下、ラグビーによるまちづくりを推進しています。同市は“日本一暑いまち”としても知られていますが、これからは“ラグビーに熱いまち”を目指すとのこと。地元出身の山沢選手には、そのエンジン役としての期待がかかります。
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