二宮清純
二宮清純コラム甲子園、光と影の物語毎月第4木曜更新
2024年7月25日(木)更新

86年夏、奈良勢初Vは天理
松山商スクイズ失敗の真相

 奈良の天理高校は春25回、夏29回の甲子園出場を誇る近畿地区屈指の名門校です。優勝も夏が2回(86年、90年)、春が1回(97年)。プロ野球にも通算567本塁打の門田博光さん、福岡ソフトバンクの監督を務めた藤本博史さんら、多くの人材を輩出しています。今回は86年夏、天理が初めて甲子園優勝を果たした際のエース本橋雅央さんに話を聞きました。

パリ2024オリンピックの放送日程はこちら

痛み止めを打ちながら

――この大会、本橋さんは右ヒジを痛めながらエースの重責を果たし、決勝の松山商(愛媛)戦では完投勝ちを収めました。右ヒジを痛めたのは、いつ頃ですか?

本橋 ヒジに違和感を抱いたのは、この年の春の近畿大会準決勝の東洋大姫路(兵庫)戦です。相手ピッチャーは、後にメジャーリーガーとなる長谷川滋利。ただし体が温まると痛みがやわらぐこともあり、そこまで深刻ではなかったんです。

――では深刻な事態を迎えたのは?

本橋 甲子園初戦(2回戦)の新湊(富山)戦です。新湊はこの年のセンバツで“新湊旋風”を巻き起こし、ベスト4に入っていました。

 僕は8回にヒットで出塁したのですが、この回のウチの攻撃が長引いた。で、肩慣らしもせずに9回のマウンドに立つと右ヒジに強い痛みが走った。“あれ、おかしいな……”と思っているうちに4点も取られてしまった(試合は8対4で勝利)。

 続く3回戦の米子東(鳥取)戦も7対2で勝ったのですが、ヒジの内側に激痛が走り、小指までしびれるような状態でした。

――準々決勝の相手は佐伯鶴城(大分)でした。

本橋 朝のウォーミングアップで橋本武徳監督が「(ヒジは)どうだ?」と聞くので、正直に「厳しいです」と答えました。この試合は2年生の緑川博之に任せ、4対2で勝ちました。

――準決勝の相手も、また九州勢の鹿児島商でした。

本橋 ヒジに痛みが出て以降、東大阪の病院で痛み止めの注射を打ってもらっていました。先生には「もう投げん方がいい」と言われたのですが、「何とか痛みだけ止めてください」と。注射針がヒジの奥にまで入ると痛くて悲鳴を上げていましたよ。

 しかし、この注射の甲斐もなく、鹿児島商戦は5回でマウンドを降りました。幸い打線が好調で8対6で打ち勝ちました。

2年生捕手の根拠

――決勝の相手は四国の名門、松山商(愛媛)。夏の大会、5回目の優勝を狙っていました。

本橋 注意していたのはトップバッターの水口栄二です。彼はこの試合で大会最多安打記録(19安打)を達成するのですが、1回、いきなりライト前にヒットを打たれ、4番のタイムリーで先制されました。

――松山商のエース右腕・藤岡雅樹はスリークォーターから素晴らしく切れのあるスライダーを投げていました。

本橋 スライダーならスライダー、真っすぐなら真っすぐと各自、狙い球を決めようというのがウチの作戦でした。先に1点を取られましたが、ウチには後にプロに進む山下和輝、中村良二といった強打者がおり、1点なら何とかなると思っていました。

――4回表、天理は松山商・藤岡投手の2暴投などもあり、2対1と逆転します。そして5回裏、この試合、最大のヤマが訪れます。1死一、三塁で松山商の打者は2番の堀内尊法。左打者です。松山商ベンチのサインはスクイズでした。

本橋 カウントは2ボール1ストライクでした。2年生キャッチャーの藤本三男のサインはウエスト。ジャンケンのグーからパーに変えるのがウエストのサインだったんですが、そのパーが力強い。最初は、そのサインに首を振ったのですが、藤本はサインを変えない。“こいつ、相当自信あるんやな”と根負けして外角に大きく外したら、その通りスクイズでした。

――2年生キャッチャーのファインプレーですね。

本橋 藤本はずっと松山商のベンチを見ていた。ここはスクイズで来る、という彼なりの根拠があったんでしょうね。もし、あそこでスクイズを決められていたら、5、6点取られていたかもわからない。本当にあそこが最大のヤマでした。

――試合は3対2で天理。右ヒジの痛みは?

本橋 それがこの試合に関しては、最後まで痛み止めが効いていました。アドレナリンが出ていたのか、特に7回からは全く痛みを感じなかった。最後は三塁ゴロでゲームセットとなったのですが、もう信じられない気持ちでしたね。投げ合った藤岡とは今も友だち付き合いをしています。家も近所なんです。不思議な縁ですね(笑)。

K.Ninomiya二宮清純
2024年10月24日(木)
大谷翔平、花巻東“怪物伝説”
担当スカウトが語る超衝撃弾
2024年9月26日(木)
早世した木村拓也の“コケ魂”
宮崎南、たった一度の甲子園
2024年8月22日(木)
渡辺・横浜vs尾藤・箕島
80年夏、意地の名将対決
2024年7月25日(木)
86年夏、奈良勢初Vは天理
松山商スクイズ失敗の真相
2024年6月27日(木)
“伝説の大投手”沢村栄治敗れる
1933夏、京都商対平安中の死闘
2024年5月23日(木)
平松政次(岡山東商)VS.松岡弘(倉敷商)
ライバル対決の原点は’65夏岡山県大会
2024年4月25日(木)
「別格中の別格」池永正明の伝説
下関商63年春V、夏準Vの立役者
2024年3月28日(木)
74年夏「金属元年」を制した銚子商
土屋正勝快投、篠塚利夫は木で2発
2024年2月22日(木)
99年夏、桐生一、群馬県勢初優勝
エース正田樹、潰れた血豆で熱投
2024年1月25日(木)
中京商、松山商ら名門追い詰めた
台湾の強豪・嘉義農林学校とは?
2023年12月28日(木)
「高校球界最高の策士」迫田穆成
広島商対作新、打倒江川卓の執念
2023年11月23日(木)
大久保博元の「怪童」球児伝説
木製バットで本塁打量産の狙い
2023年10月26日(木)
堤尚彦「甲子園は目的ではなく手段」
おかやま山陽異色監督のメッセージ
2023年9月28日(木)
北別府学「精密機械」誕生秘話
山越え自転車通学で下半身強化
2023年8月24日(木)
若松勉、“小さな大打者”の原点
65年夏、1試合4盗塁の離れ業
2023年7月27日(木)
“北国のエース”太田幸司の偉業
69夏、ブラジルで完全試合達成
2023年6月29日(木)
83夏、“事実上の決勝戦”池田対中京
中京エース野中徹博の「波乱万丈」
2023年5月25日(木)
興南、“我喜屋イズム”で春夏連覇
雨という逆境を工夫と知恵で克服
2023年4月27日(木)
高知対東海大相模の“横綱対決”
杉村繁と原辰徳が輝いた75年春
2023年3月23日(木)
95春、観音寺中央、初出場初優勝
「2軍でも勝てる相手」の快進撃
2023年3月13日(月)
【侍Jの“球児苑”】
花巻東・大谷翔平、甲子園に置き土産
大阪桐蔭・藤浪晋太郎から衝撃アーチ
2023年3月9日(木)
【侍Jの“球児苑”】
ダルビッシュ有が示した潜在能力
「柔と剛」のノーヒットノーラン
2023年3月7日(火)
【侍Jの“球児苑”】
村上宗隆「高いフライを打て!」
坂井宏安前監督、独自指導の真意
2023年3月3日(金)
【侍Jの“球児苑”】
桐光学園・松井裕樹、大会記録の22K
10者連続三振の奪三振ショーも披露
2023年2月23日(木)
73年春、怪物江川卓、全国デビュー
中尾孝義と達川光男が受けた衝撃
2023年1月26日(木)
九州学院・村上宗隆、甲子園は不発
“肥後の怪童”、10歳で広角本塁打
2022年12月22日(木)
06年帝京対智弁和歌山、世紀の乱打戦
1年生・杉谷拳士「1球で負け投手」
2022年11月24日(木)
00年夏、中京商・松田宣浩の痛恨
苦い記憶を糧にGグラブ8回受賞
2022年10月27日(木)
07年夏、佐藤由規155キロの衝撃
快速球生んだ「左手」の使い方
2022年9月29日(木)
高校時代からの高津臣吾“二番手人生”
自己改革で名クローザー、名監督へ
2022年8月25日(木)
仙台育英V、東北勢の悲願達成
小刻みリレーで高校野球に新風
2022年7月28日(木)
大阪桐蔭春夏3度Vの立役者・根尾昂
プロ4年目で投手転向は“水を得た魚”
2022年6月23日(木)
04年春、済美で2校目初出場V
ミラクル呼んだ“上甲スマイル”
2022年5月26日(木)
ドラ1引き寄せた06年センバツ
「桑田2世」PL前田健太の本盗
2022年4月28日(木)
上宮の初優勝阻止した東邦の執念
あとひとりから“大どんでん返し”
2022年3月24日(木)
甲子園20連勝中のPL破り岩倉V
神宮大会優勝校、初の紫紺の大旗
2022年2月24日(木)
ドラ9で広島入り、天谷宗一郎
指名を手繰り寄せた運命の一戦
2022年1月27日(木)
野球漫画の4番・水島新司氏死去
「ドカベン」香川伸行引退秘話
2021年12月23日(木)
都城・田口竜二、最強PL相手に力投
84年春、サヨナラ負け直後に謎の笑顔
2021年11月25日(木)
「清原和博の恋人」田子譲治
81年夏、準完全試合達成秘話
2021年10月28日(木)
04夏、大旋風巻き起こした駒大苫小牧
指揮官は道産子の意識をどう変えたか
2021年9月23日(木)
“満塁男”駒田徳広の奈良伝説
「満塁で敬遠」の真相に迫る
2021年8月26日(木)
西本聖vs江川卓、怪物に挑んだ雑草
練習試合の衝撃「ボールが浮いた…」
2021年7月29日(木)
三冠王3度の最強打者・落合博満
秋田工時代を知るライバルの証言
2021年6月24日(木)
87年、PL学園春夏連覇の立役者
橋本清「野村、岩崎への対抗心」
2021年5月27日(木)
78年夏、延長17回制した仙台育英
大久保美智男「背番号1」の呪縛
2021年4月22日(木)
雑草・川相昌弘vsスター荒木大輔
「ひょいとかわされた」苦い記憶
2021年3月25日(木)
90年センバツ準V“ミラクル新田”
史上初2本のサヨナラ弾で快進撃
2021年2月25日(木)
74年春、“さわやかイレブン”旋風
山びこ前夜の池田、奇襲で準優勝
2021年1月28日(木)
15歳と4カ月、史上最年少で夏制覇
桑田真澄、“リアル巨人の星”を語る
2020年12月24日(木)
熱血指導で横浜、80年夏の戴冠
エース愛甲支えた影のヒーロー
2020年11月26日(木)
高知、“傷だらけ”の県勢初V
主砲・有藤通世、1打席の夏
2020年10月22日(木)
甲子園ノーヒッター名電・工藤公康
運命を変えた「ドラフト6位」の謎
2020年9月24日(木)
“脅し”に屈しなかった槙原寛己
金村義明、意地の弾丸ホームラン
2020年8月27日(木)
深紅の大旗、33年ぶりの箱根越え
湘南のラッキーボーイ佐々木信也
2020年8月13日(木)
「左腕の咆哮」静岡商・新浦壽夫
「狙わなくても三振が取れたよ」
2020年8月6日(木)
池田・蔦文也“攻めダルマ”伝説
優勝メンバーが語る「野球と酒」
2020年7月30日(木)
「死球」で完全試合逃した新谷博
「狙ってたら外角に投げていた」
2020年7月23日(木)
85年春、PL清原和博沈黙せり!
2年生捕手が語る渡辺智男の凄み
2020年6月25日(木)
「昭和の怪物」江川卓、最後の夏
作新学院vs銚子商、雨中の死闘
2020年5月28日(木)
荒木大輔擁する早実を粉砕した池田
82年夏、江上光治先制2ランの衝撃
2020年4月23日(木)
「逆転のPL」の立役者・西田真二
78年夏、奇跡を呼び込んだ“読み”
2020年3月26日(木)
上宮・元木大介、隠し球で抗議電話
初甲子園で見せた「くせ者」の片鱗
2020年2月27日(木)
92年夏、松井秀喜5連続敬遠に世間騒然
野村克也が語った「私が明徳の監督なら」
2020年1月23日(木)
熊工・伊東vs八代・秋山、最終回の明暗
ライバルから同僚へ。西武黄金期を牽引
2019年12月26日(木)
習志野対新居浜商、劇的サヨナラ決着
肩を休ませ熱闘を演出した「恵みの雨」
2019年11月28日(木)
牛島と香川。偶然の出会いと早過ぎる別れ
名門・浪商を蘇らせた「黄金バッテリー」
2019年10月24日(木)
78年センバツ、津田恒美の衝撃デビュー
ライバルが見た“炎のストッパー”の原点
2019年9月26日(木)
高野連、金属バットの規制強化へ
国際大会不振の陰に“飛ぶバット”
2019年8月29日(木)
古豪高松商、伝統の「志摩供養」復活
四元号下での勝利、一番乗りなるか!?
2019年7月25日(木)
甲子園に託した夢、「沖縄と戦後」
「南九州の壁」を砕いた安仁屋宗八
2019年6月28日(金)
投手の故障予防に球数の「総量規制」
会議で聞きたい現役球児の“ナマの声”
2019年6月4日(火)
「令和の怪物」佐々木朗希、13奪三振
スピード違反!? 江川卓の牽制球伝説
2019年5月28日(火)
早くも35℃超え! 今夏も猛暑の甲子園
熱中症予防「白スパイク」の早期導入を
2019年5月17日(金)
元スカウトが断言「佐々木は大谷以上」
「令和の怪物」は甲子園に登場するか!?
2019年4月26日(金)
「奇跡のバックホーム」の舞台裏
松山商-熊本工、名勝負の分岐点
2019年4月16日(火)
163キロ「令和の怪物」佐々木朗希
侍ジャパンTD鹿取義隆が占う将来性
2018年9月4日(火)
吉田輝星が体験する「書かれざるルール」
大差でフルスイング、新庄剛志に報復死球
2018年8月24日(金)
敏腕スカウトの小園、根尾、藤原、吉田評
小園は立浪和義、吉田は桑田真澄の再来か
2018年8月21日(火)
西鉄の主砲・中西太、甦る「怪童伝説」
過去と未来をつなぐ「レジェンド始球式」
2018年8月17日(金)
184球完投は「美談」か「酷使」か!?
次なる百年に向け安全確保と健康管理を
2018年8月7日(火)
レジェンド始球式に太田幸司と井上明
三沢対松山商の球審が明かした判定秘話
2018年7月31日(火)
76年前、戦中に行われた”幻の甲子園”
球史から消えた徳島商-平安の名勝負
2018年7月27日(金)
熱闘甲子園が”熱湯”甲子園に!?
猛暑の夏、求められる熱中症対策
2018年6月29日(金)
”ジャイアン”金村義明が輝いた夏
81年報徳V、予選から13連続完投
2018年6月26日(火)
甲子園100回大会に向け熱戦スタート
敏腕スカウトが注目する投打の逸材
2018年1月16日(火)
夏の甲子園でもタイブレーク制導入へ
求められる次の100年に向けた大計づくり
2017年10月3日(火)
清宮幸太郎が求める「環境」と「指導者」
学ぶべきは王貞治、松井秀喜の育成法
2017年9月12日(火)
清宮、安田、中村。史上最強U-18に木製の壁
世界の王の教えは「体で振るな」「壁を作れ」
2017年8月22日(火)
甲子園を沸かせた商業高校の受難
今夏は1校。なぜ勢力図は変わったか!?
2017年8月18日(金)
本塁打量産から見える「変わりゆく高校野球」
加速する「小技からパワー重視」の流れ
2017年8月8日(火)
主役交代の夏 '83PL学園-池田戦
踏み込んだ桑田、踏み込めなかった水野
2017年7月18日(火)
「練習は量より質」が早実流
甲子園レジェンド荒木大輔の回想
2017年7月4日(火)
高校野球、夏の地方大会が続々開幕!
「未完の左腕」のコントロール矯正法
2017年6月22日(木)
列島を熱狂させる”清宮の夏”
甲子園最大のヒーローは誰か?
2016年8月23日(火)
夏の甲子園は2回戦組が有利
連投軽減で将来性の確保を
2016年8月09日(火)
宮本、筒香らを鍛えた
高校野球強豪校の教え
PageTop