二宮清純
二宮清純コラム甲子園、光と影の物語毎月第4木曜更新
2020年11月26日(木)更新

高知、“傷だらけ”の県勢初V
主砲・有藤通世、1打席の夏

 監督時代も含め、ロッテ一筋21年。“ミスターロッテ”と呼ばれる有藤通世さんが高知高の4番打者として全国優勝を果たしたのは1964年の夏です。しかし、有藤さんの夏は、たった1打席で終わってしまいました。

気が付いたらベッドの上

 南四国の代表として2年連続4回目の出場を果たした高知高。プロではサードとして活躍した有藤さんですが、高校3年の夏は外野手でした。

 初戦の相手は西奥羽代表の秋田工。初出場ながら三浦健二さんという好投手を擁していました。卒業後、三浦さんは社会人野球の名門・日本石油(現ENEOS)に進み、都市対抗で優勝を果たしています。ドラフトには65年(西鉄から3位)と66年(巨人から4位)、68年(東京から8位)の3度、指名されましたが、プロには行きませんでした。

 1回裏、高知は先制のチャンスを掴みます。有藤さんの記憶によると、ダブルスチールで1点とり、ランナーなしで打席に入りました。

「これもはっきりとは覚えていないんだけど、カウント2-2じゃなかったかな。5球目を顔面にぶつけられてしまったんです……」

 有藤さん、そこからのことは全く記憶に残っていません。気が付いたら病院のベッドの上でした。

「甲子園球場の近くの明和病院。目が覚めた時には何が何だかわからなかった。あれっ、オレ野球やってたんだよな。確か甲子園に来てたんじゃないかな……。どんなボールをくらったかも全く覚えてないんです」

 ケガの状態は深刻でした。上の歯が歯茎ごと3本飛ばされていたそうです。

「とにかく、ものすごい腫れで、鼻が隠れてわからなかったらしい。高知から駆けつけてくれたオフクロは、僕が救急車で運ばれたというのを聞いて、最初は“死んだ”と思ったそうです」

主将も頭部死球

 死球で主砲を欠いた高知ですが、秋田工を4対1で撃破すると勢いに乗ります。2回戦は北奥羽代表の花巻商(岩手)を3対2で破り、準々決勝では優勝候補の平安(京都)と対戦します。このゲームを事実上の決勝戦と見る向きもありました。

「平安にはすごいバッターがいた。その後、広島で活躍する衣笠祥雄です。前評判はウチなんかより、はるかに高かった。正直“これは負けるやろう”と思った僕は、監督に“ベンチだけでもいいから入れてくれ”と頼みました。そう言って病院の中で暴れたみたいです。しかし、それはダメだと。ドクターストップもかかっていたと思います」

 この試合に5対2で勝利した高知は準決勝で水谷実雄投手(後の広島)がエースの南九州代表・宮崎商を1対0、決勝は西中国代表の早鞆(山口)を2対0で退け、高知県勢として春夏通じて初の全国制覇を達成するのです。優勝の立役者は2年生エースの光内数喜投手でした。優勝直後、深紅の大旗を持って病院に駆けつけてくれたそうです。

 わずか1打席の甲子園。仲間たちの活躍で夢にまで見た全国制覇を達成したものの、有藤さんの気持ちは複雑でした。

「実際、僕は優勝には何も貢献できなかった。大会後、優勝旗を持って高知市内をパレードしたんです。その時、口の悪い連中に言われましたよ。“オマエは何もしてないんだから偉そうに車に乗るな!”って。まぁ今となっては笑い話ですけどね」

 実は高知商、2回戦の花巻商戦でもキャプテンの三野幸宏選手が頭部に死球を受け、入院を余儀なくされました。大会期間中に4番とキャプテンを死球で欠きながら、頂点にまで上り詰めた例は他にありません。チームにとっては文字通り、“傷だらけの栄冠”でした。

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