二宮清純コラムオリンピック・パラリンピック 奇跡の物語
~ビヨンド・ザ・リミット~
2021年7月30日(金)更新
瀬戸大也、400m個人メドレーで失速
「読み間違え」は、なぜ起きたのか?
「ちょっと信じられない」。その言葉が、このレースの全てを物語っていました。7月24日に行われた競泳の男子400メートル個人メドレー予選、金メダルが期待された瀬戸大也選手は全体9位に終わり、決勝進出を逃しました。
「信じられない」光景
瀬戸選手にとって、400メートル個人メドレーは前回のリオデジャネイロ五輪で銅メダルに輝いた種目です。今季世界ランキング1位で迎える東京大会では、当然のことながら金メダルを狙っていました。
400メートル個人メドレーはバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の順で泳ぎます。第1泳法のバタフライは55秒07でトップ。第2泳法の背泳ぎ、第3泳法の平泳ぎでもリードを守り、いよいよ残り100メートルです。
ところが、ここから私たちは「ちょっと信じられない」光景を目の当たりにしてしまいます。スパートをかけてきた選手たちに次々と抜かれ、終わってみれば4分10秒52というタイムで5着。決勝には8人が進めますが、8番目の選手にわずか0秒32差及びませんでした。
レース後、瀬戸選手は「決勝進出ラインを読み間違えた」と語りました。両サイドの選手に抜かれたのが分かった時も動揺することはなかったようです。
しかし、結果は残酷でした。約15時間後に控える決勝に向け、体力を温存しようとしたことが裏目に出てしまったのです。「99%金メダルは獲れる」。自信が過信に結びついてしまったかもしれません。
もっとも瀬戸選手の「読み間違え」を批判するのも、少々気の毒な気がします。というのも、予選と決勝を短時間で行う種目で頂点に立つためには、どこかで体力を温存する必要が出てくるからです。
競泳と陸上。競技こそ違いますが、かつて同じようなシーンを見たことがあります。
1996年アトランタ五輪。男子400メートル障害1次予選。山崎一彦選手には日本人選手として92年バルセロナ五輪男子400メートル・高野進さん以来のトラック種目ファイナル進出の期待がかかっていました。
勇敢な賭け?
ところが、です。山崎選手は予選で3着となり、決勝どころか準決勝に進むこともできませんでした。秘かに狙っていたメダルも水泡に帰してしまいました。
帰国後、私は山崎選手にインタビューしました。
「勇敢な賭け?わかっている方はそう言ってくれますが、落ちてしまったら何にもなりませんよ。ただ報道の中に“ラストを流した”という記事があったのですが、あれは違います。流したのは前半なんです。“しまった”と思ったのは10台目(のハードル)を越えてから。外からすごい勢いで迫ってくるヤツがいて、こちらはスプリントがないものだから反応できなかった」
――2着までに入れば予選を通過できる。当然、他のメンバーの力量を読んでのレースだったと思うのですが、計算が狂った?
「油断と言われれば、それは違う。かといって油断がまったくなかったとも言えない。本当に強い選手というのは、ずっと横を見て走っているんですよ。最低でも試合中に4、5回、横を向いている。僕はそこまではしなかった」
瀬戸選手に話を戻しましょう。200メートルバタフライでも決勝に進めなかったところを見ると、敗因は戦術的なミスというよりも、むしろピーキングの持っていき方にあったのかもしれません。
しかし、瀬戸選手、最後に意地を見せました。200メートル個人メドレー決勝。わずか100分の5秒差及ばず、メダルには届きませんでしたが、3年後のパリオリンピックに期待をつなぐものでした。
二宮清純