二宮清純コラムオリンピック・パラリンピック 奇跡の物語
~ビヨンド・ザ・リミット~
2022年3月8日(火)更新
村岡桃佳、「冬の女王」の貫録
コンタクト外れても2つ目の金
北京のゲレンデも、アルペンスキーの村岡桃佳選手からすれば、自分の庭のようなものかもしれません。3月5日・滑降(座位)、6日・スーパー大回転(同)、出だしから2つの金メダルを獲得し、視界は良好です。
“二刀流”効果
4年前の平昌大会、自身2回目のパラリンピックで村岡選手は、滑降(銀)、スーパー大回転(銅)、スーパー複合(銅)、回転(銀)、大回転(金)と5種目全てで表彰台に上がりました。
その後は車いす陸上に挑戦し、昨年9月の東京パラリンピックでは100メートル(T54)に出場、6位の成績を収めました。
それから7カ月もたたないうちに、またパラリンピックです。大会前、NHKのインタビューに村岡選手は、こう語っていました。
「海外の選手たちは前回大会からの4年間をスキーに費やしている。私は2年半、陸上をしていたので“その差を数カ月で埋められるのかな?”と思う。“金メダルを絶対に取ります”ともなかなか言えないので、現実的にはメダル獲得というところを目指したい。あくまで挑戦者ですね」
それが、どうでしょう。フタを開けるなり、いきなり金メダル2つです。東京大会を“砥石”に、さらに“二刀流”に磨きをかけた選手といえば、北京冬季五輪スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲った平野歩夢選手のハイパフォーマンスが頭に浮かびますが、村岡選手も同様に、そのパフォーマンスはさらに輝きを増しました。
まずは5日の滑降。難コースゆえ、出場7人中3人しかゴールできませんでしたが、村岡選手の滑りは終始、安定していました。持ち味のターンは、陸上のトレーニングにより、体幹が鍛えられたことで安定感が増したと言われています。先に滑った平昌パラリンピック2冠のアナレナ・フォルスター選手(ドイツ)より0秒82速い1分29秒78でゴールし、金メダル。幸先の良いスタートを切りました。
1回の下見で把握
その翌日、村岡選手はスーパー大回転で2つ目の金メダルを手に入れます。2番スタートの村岡選手は1番スタートのフォルスター選手の1分23秒84というタイムを追いかけます。急斜面や直角カーブが待ち受ける難コースも難なくこなし、タイムはフォスター選手を0秒11上回る1分23秒73。会心のレースで“冬の女王”ぶりを見せつけました。
実はレース後、滑走中にコンタクトレンズが外れ、行方不明になっていたことを明かしました。前方の視界がはっきりしないのはスキーヤーにとって大きなハンディキャップです。しかし、そうした不安要素もものかは、村岡選手に動揺した様子は全く窺えませんでした。
これは06年トリノ冬季五輪の男子回転で、日本人としては50年ぶりの入賞(4位)を果たした皆川賢太郎さんから以前、聞いた話ですが、オリンピックの回転やスーパー大回転では1回のインスペクション(下見)でコースの全てを把握しなければならないというのです。
皆川さん、トリノでは2回目のスタート直後に右ブーツのすねのバックルが外れるというアクシデントに見舞われました。それでも慌てなかったのは「1回のインスペクションでコース全体を把握していたからだ」というのです。
「よく1回のインスペクションで全体を把握できますね」
そう問うと、皆川さんは「スキーを始めたのは3歳の時。17歳でプロになっているんですよ」と笑いながら答えてくれました。どうやら愚問だったようです。
村岡選手も、トリノでの皆川さんと同じ心境だったのではないでしょうか。ところでコンタクトレンズが見つかったのはゴール後です。なんとゴーグルに貼りついていたそうです。アクシデントすら“話のオチ”に変えてしまうところが女王の女王たる所以です。
二宮清純