2026年2月13日(金)更新
20歳のエース伊藤樹、初の夢舞台へ
「カットインホッケー」で上位狙う
取材日:1月16日(金)
スポーツジャーナリスト二宮清純が、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック日本代表選手を直撃!テーマは「挑戦」です。今回は初のパラリンピック出場を控えるパラアイスホッケー日本代表の伊藤樹選手がゲストです。
「1対1では負けない」
――パラアイスホッケーを始める前は、アイスホッケーでオリンピックを目指していたそうですね。ご出身の大阪は、野球やサッカーが盛んなイメージはありますが、あまりアイスホッケーの印象は強くありません。
伊藤樹: そうですね。アイスホッケー自体、どちらかというとマイナーと呼ばれる部類に入ると思います。ただ当時、大阪には4つほどチームがありました。同い年の子もアイスホッケーをしていて、一緒にプレーして楽しかった記憶もあります。その中には今もホッケーを続けている友達がいて、アジアリーグで活躍していたり、ミラノ・コルティナオリンピックに出場する女子日本代表スマイルジャパンの選手もいる。彼ら彼女らの活躍を見ていると、自分もうれしい気持ちになります。
――9歳の時に交通事故に遭い、脊髄を損傷したそうですね
伊藤: 母が運転する車でアイスホッケーの練習に向かう途中、対向車線をはみ出してきた車と正面衝突しました。
――アイスホッケーができない、とわかった時のショックは?
伊藤: 事故直後は、ケガが治ればまた歩けると思っていました。当時は脊髄損傷だということも分かりませんでしたので、いずれはアイスホッケーができると思っていたんです。ただ、時間が経つにつれ、じわじわ「もうアイスホッケーはできないんだな」と……。
――車椅子生活となってから、いろいろなパラスポーツがある中で、パラアイスホッケーを選んだ理由は?
伊藤: バスケットボールやスキーなど様々なスポーツを体験しましたが、心から燃えるものはなかった。やはり自分にとって、アイスホッケーが一番スポーツとして面白い。パラアイスホッケーはアイスホッケーに似ている部分があったので、そこに惹かれました。逆に言えば、自分には、パラアイスホッケーしかなかったという感じですね。
――パラアイスホッケーはアイスホッケー同様、激しいコンタクトプレーがあるスポーツです。最初はケガも多かったんじゃないですか。
伊藤: 最初はもう当たりに行けるほど滑れなかったんです。うまく滑られるようになるには、2年ぐらいかかったと思います。
――今や日本代表のエースです。ミラノ・コルティナパラリンピック最終予選では6得点4アシストを記録し、日本を2大会ぶりのパラリンピック出場に導きました。ご自身の最大の武器は?
伊藤: 自分は代表で一番ドリブルがうまい。1対1では絶対に負けません。突破力で、チャンスをつくり出す。シュートを打つ回数も多いと思います。
――ミラノ・コルティナパラリンピックが、初のパラリンピック出場となります。
伊藤: 人生初の夢舞台なので、楽しんでできたらいいと思っています。自分がパラリンピックを見て日本代表に憧れたように、今パラアイスホッケーをしている小さい子たちが、自分たちの姿を見て、“パラアイスホッケーかっこいいな。日本代表になりたいな”と思ってもらえるようなプレーがしたいです。
――日本代表は20歳の伊藤選手のほか、同学年の鵜飼祥生選手ら若い世代が伸びてきています。一方でキャプテンの熊谷昌治は50歳。ベテランも存在感を示しています。父親ほど年の離れた選手たちとのコミュニケーションは?
伊藤: 自分ら若手は、クマさんたちのことを心からリスペクトしています。今のチームには年齢差を気にしてホッケーをしている人はいないと思います。彼らがいたからこそ、今の日本のパラアイスホッケーはあるし、クマさんたちベテランも自分たちのことを信頼してくれている。互いのリスペクトがあって成り立つ雰囲気の良さが、今の日本代表にはあると思っています。
――今の日本代表の強みは?
伊藤: コーチの宮崎遼さんがつくり上げた“カットインホッケー”です。両ウイングが斜めではなく、ほぼ真横に近いところにカットインしながら味方ディフェンスからパックを受ける動きをします。これにより、ウイングが高い位置でパックを持てる。自分はパックを持ってからの爆発力は世界トップクラスだと思っています。高い位置でパスを受けることによって、多くチャンスがつくれる。いわゆるショートカウンターのかたちです。もしパスをカットされたとしても、受け手の半身は自陣を向いているので、すぐに帰陣できる。リスクが少なく、また利点の多いショートカウンターなんです。
革命的戦術の理解者
――ある種、革命的な戦術ということでしょうか?
伊藤: その通りです。ただ、このカットインする動きは、ディフェンスとの阿吽の呼吸が必要で、タイミングがすごく難しい。自分は完全に理解するのは2カ月くらいかかりました。今は自分が動き出すと、須藤悟さんや石川雄大さんなどからドンピシャのパスが来るようになった。自分は遼さんの次にこの戦術を理解しているので現在、ウイングの選手に落とし込んでいるところです。
――その革命的な戦術を本番までにブラッシュアップすることで上位進出が見えてくると?
伊藤: 今回のパラリンピック出場を決めた最終予選のノルウェー戦のようなパフォーマンスをミラノでも出せれば、メダル争いに絡める可能性は十分にあると思っています。
――1次リーグはチェコ、カナダ、スロバキアの順に対戦します。
伊藤: 初戦は一番大事だと言っても過言ではありません。チェコを食って、勢いに乗り、最終予選で勝ったスロバキアを破れば準決勝に進める。自分にとって初めてのパラリンピックになりますし、“緊張しい”なので、緊張しないというのは難しいと思う。ただ、緊張感を持ちつつ、楽しむことはできるはず。楽しみながらできれば、普段のパフォーマンスを出せると信じています。
――パラリンピック4連覇中のアメリカ代表のエース、デクラン・ファーマー選手が憧れだ、とうかがいました。
伊藤: ずっと憧れですけど、今はもう友達です。自分は2年前、18歳の時にアメリカに1年間、単身留学しました。デクランとは練習だけでなく、プライベートで休みの日にキャンプをしたり、遊びに行ったりしました。デクランは自分のことをすごく気にかけてくれて、自分が最終予選に出場する時もメッセージをくれました。パラリンピックでまた再会できるのが楽しみですし、デクランにしても、可愛がっていた後輩が頑張って同じ舞台に辿り着いたので喜んでくれていると思います。
――強豪国・アメリカでの経験は財産になっていますか?
伊藤: もちろんです。これまでは全員が自分より上手い環境で、ホッケーをしたことがなかった。アメリカ代表は全員がエース級の実力者。そういう選手たちに囲まれて練習することがレベルアップの近道です。アメリカ代表のスピード感を“体感”してから他国との試合に臨むと、遅く感じるほどです。この留学を経て、今の自分はアメリカ代表に入れるくらいの実力は付いたと思っています。2年前は本当に下手くそで何者でもなかったのですが、日本代表をパラリンピックに連れて行けるくらいの選手にはなれた。デクランにも感謝していますが、アメリカ代表のみんなもいい人なので、早く再会したいです。
――お話をうかがっていても伊藤選手は相当な自信家だということがわかりました。
伊藤: これは虚勢です(笑)。言ったからには、やらないといけない。そう自らに暗示をかけているんです。
――大事にしている言葉はありますか?
伊藤: 自分は“なんとかなるさ”と、いつも思うようにしています。何か行動する際に“ああなったらどうしよう”とネガティブ思考に陥りそうになる。そういう時に“なんとかなるさ”と思えば、自分の行動を後押しできる。2年前にアメリカに単身留学した際も“なんとかなるさ”の精神でした。
――この企画は「挑戦」がテーマです。伊藤選手にとっての挑戦とは?
伊藤: 自分はやるしかない環境に追い込まれないと努力できないタイプ。正直、根っからのアスリートではなく、だらけることがありますし、努力も本当は得意じゃないんです。ただアイスホッケーが好きだから頑張ってこられた。アメリカに行ったのも、ある意味で挑戦。アイスホッケーと向き合う環境に身を置くことによって、自分を鼓舞していける。さきほどの虚勢にもつながりますが、自分で口にして、やらなきゃいけない環境に持っていく。自分で自分を強制的にチャレンジさせている感じですね。
【インタビュー後記】
20歳のエースの口調が最も熱を帯びたのは革命的戦術と呼べる「カットインホッケー」について聞いた時です。身振り手振りを交えて語る姿に、パラアイスホッケーへの深い愛情と、彼のクレバーさが見てとれました。伊藤選手の華麗なスティックさばきに目を凝らしましょう。