2026年1月30日(金)更新
パラアイホ熊谷昌治「父親」の挑戦
「チーム作りは子育てに似ている」
取材日:1月13日(火)
スポーツジャーナリスト二宮清純が、ミラノ・コルティナ冬季パラリンピック日本代表を直撃。テーマは「挑戦」です。
パラアイスホッケー日本代表は、2大会ぶりにパラリンピックに出場します。これまでの最高成績は2010年バンクーバー大会の銀メダル。キャプテンの熊谷昌治選手にとっては、18年平昌大会以来、2度目の出場。50歳のベテランにミラノ・コルティナ大会への思いを聞きました。
「友だちのような感覚」
――熊谷さんは33歳の時にバイク事故で右膝下から義足となり、2年後にパラアイスホッケーを始めたそうですね。
熊谷昌治: そうです。仕事から帰宅途中に自動車事故に遭いました。当時、子どもがまだ小学1年生と5歳。足を切断することに関しては、すごく悩みましたね。
――そこから競技を始めたきっかけは?
熊谷: 元々体を動かすのが好きだったので、入院後、いろいろなパラスポーツに興味を持ち、体験してみました。ある日、バンクーバーパラリンピック銀メダリストの吉川守さんからパラアイスホッケーに誘われたんです。そこでメダルを見せてもらったことで“自分もメダルを獲りたい”と思うようになり、競技を始めました。
――競技を始めてから、わずか3カ月で日本代表入り。2年後には平昌パラリンピックに出場しました。初めてのパラリンピックには、どういう思い出がありますか?
熊谷: 日本は1勝もできず8チーム中8位の最下位でした。結果を残せなかったという悔しさが強く残っています。その気持ちがあったからこそ、ここまで現役を続けてこられたと思います。
――熊谷さんは平昌の最終予選でチーム最多の4ゴールをあげる活躍をしました。予選と本大会の違いは?
熊谷: そうですね。対戦国が本大会までに力をつけてきたという面もありますが、何より自分たちが少し空回りしてしまいました。
――ミラノ・コルティナ大会で日本代表は、カナダ、チェコ、スロバキアと同じBグループに入りました。
熊谷: 日本の世界ランキングは6位。2位のカナダ、3位のチェコ、7位のスロバキアと非常に厳しいグループです。
――大会での目標は?
熊谷: メダルと言いたいところですが、国際大会で世界のレベルを肌で感じているので5位以上を目指します。
――前回の平昌大会は、消化不良だったという話ですが、今回の個人的な目標は?
熊谷: まずは1勝。個人として1点取るよりも、チームとしての1勝が大事。以前は“自分が点を取らなきゃ面白くない”という考えでしたが、今はどうしたらチームが勝てるかを最優先にしています。やはり自分が1点取っても、試合に負けていては面白くないですから。
――熊谷さんは23年にキャプテンに就任しました。チームをまとめる上で、一番気を付けている点は?
熊谷: 年齢の離れた選手とも、友だちのような感覚でいることを大事にしています。
――熊谷さんは50歳。チーム最年少は16歳。主力メンバーには20代前半の若手がいます。自分の子どもぐらいの年齢ですよね。
熊谷: おっしゃる通りです。私は子どもが3人いますが、長男は24歳。本当に子どもと同世代の選手たちと一緒にプレーしています。
「アスリート集団になろう」
――若手から刺激を受けることは?
熊谷: もちろんあります。若手が取り入れている最新の海外トップ選手の技術を私たちベテラン勢も身に付けようと努力しています。若手に私たちがやってきたものすべてを押し付けるのではなく、彼らが海外から得てきた知識も受け入れる。互いに刺激し合える、いい関係性を築けていると感じています。
――年齢のみならず障がいも千差万別。事故がきっかけの選手もいれば、病気が原因でという選手もいます。それぞれ背景が異なるメンバーを、ひとつのチームにまとめていく苦労もあるのでは?
熊谷: 私自身、チーム作りは子育てと似たようなところがあると思っています。常々、ガミガミ後輩たちに言っていると、あまり響かない。家族で言う、お母さん的存在は中堅に任せて、方向が間違っている時だけ、強めに言ったりするほうが響いたりする。チームメイトとは、普段はフレンドリーに付き合っていますが、大事な場面ではカミナリを落とすこともある。私はそんな父親的な存在です。
――キャプテンを経験することで、自身も成長できていると感じますか?
熊谷: どうでしょうかね。若い子たちに「こんな50代になりたい」「こんなカッコいい50歳いないっすよ」と言ってもらえるのが、一番うれしい。
――24年の世界選手権Aプールでカナダに0対19で大敗した後、「アスリート集団になろう」と話したそうですね。
熊谷: 当時はチーム全体としての意識が低かった。15人いても試合に出られるのは8、9人。試合に出るだけで満足している選手がいたり、お恥ずかしい話ですがタバコを吸っている選手もいました。また太っている選手もいました。私はオリンピック選手と交流する機会があったのですが、話を聞くと、彼らはアスリートとして日々の生活からして意識が高かった。周囲から「パラリンピックは(オリンピックと比べて)枠が少ないから日本代表になれている」とは思われたくなかった。それでメンバーに「日々の生活からアスリート集団になろう」と強い口調で言いました。
――その発言から、1年以上経っていますが、チームの変化は感じられますか?
熊谷: 本当にアスリート集団になってきたと思います。以降、各選手が日々の過ごし方をライングループで共有してきた。“自分はこんなトレーニングをやっている”とか。それをみんなで確認し合い、成長してきました。ミラノ・コルティナ大会では、2年前に大敗したカナダとの対戦がありますので、あれから日本代表がどこまで通用するようになったのか、楽しみです。
――この企画は「挑戦」がテーマです。熊谷選手にとっての挑戦とは?
熊谷: 世界と戦うための挑戦を、この8年間してきました。これまで積み上げてきたものをミラノで存分に発揮したいと思っています。
【インタビュー後記】
冬季パラリンピックの中でボール(パック)ゲームはアイスホッケーだけです。2018年まではアイススレッジホッケーと呼ばれていました。コンタクトを伴うハードな競技ですが、50歳の熊谷昌治選手は「“こんなカッコいい50歳はいない”と言われたい」と意気軒昂です。日本代表の上位進出に期待しましょう。