母親から解き放たれて、自分を見つけていく物語|
『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー

――スレッタのことは、どんな人物だと捉えていらっしゃるんでしょうか?

© 創通・サンライズ・MBS
市ノ瀬:水星が同年代の子のあまりいない惑星だったという、彼女の生まれ育った環境も要因の一つだと思いますが、私自身も、北海道から上京したあとに人見知りが発動してしまったタイプなので、スレッタの気持ち……例えば、学園に入ったばかりで同年代の子たちとうまくコミュニケーションが取れないシーンなどは、「めちゃ分かる……!」と共感しながらお芝居させていただいていました。
――どことなく水星から来たスレッタと、北海道から来た自分が重なる部分があった?
市ノ瀬:全然“ぴったり重なる”というまでではないと思いますが、“近いものはあるかな”くらいには感じています。
――そのお話を聞くと、いつも元気に振る舞っているように見えるスレッタの、日常の気持ちの変化が、もう少し深く理解できそうな気がします。物語の中での「スレッタの成長」というと、どんなふうに捉えていますか?
市ノ瀬:水星という、ある意味、狭く閉じられた世界の中で、「母親」を信じて生きてきた。無垢でまっすぐな彼女にとって、お母さんのいう言葉って絶対的な力があったんだと思います。
そんな状態で学園に入学して、同年代の子たちと触れ合うことで、自分の中にある軸(お母さん)とは違う軸を、みんなが持っているということを少しずつ知っていく。Season1で描かれていたのは、スレッタのそんな“ズレに気づいていく”部分じゃないかと思うんです。
そして、それが大きく動くのがSeason1の最後、衝撃的だったあのシーン……。
――ミオリネを救おうとして、ガンダムで初めて人をあやめてしまうシーンですね。

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市ノ瀬:そう、あのシーンで、それこそお母さんの言葉を信じて生きてきたスレッタにとっての正義感と、ミオリネが持っている正義感の違いが、決定的に描かれたと思うんです。
でも人の生死に関わる正義感って、例えば、学園の日常生活での周囲の人とのちょっとした感覚のズレとは、比べ物にならないくらい重くて大きなことですよね。
だからこそ、その事件がきっかけになって、スレッタは自分の中にある軸(お母さん)を疑い始めるようになる。自分の中にある「母親」という絶対的なものから少し離れて、自分自身で考えられるようになっていくんですね。
本当の意味で、彼女が自分自身に向き合うようになったのはSeason2が中心なのかなと思います。
――確かに、最終回でプロスペラに「やだ」と、プロスペラに自分の思いを伝えるシーンで、はっきりとその成長が観ている方にも伝わります。あのシーンは、どんな気持ちで演じられたのでしょうか?
市ノ瀬:スレッタってあまり難しい言葉を使わないんですが、だからこそまっすぐ相手に届いていくような言葉だとも思うんですよね。
たった二文字ですけど、いつもまっすぐなスレッタの中でも「これが一番か」というくらいまっすぐな気持ち、お母さん(プロスペラ役の能登麻美子さん)に思いを伝えるつもりで「やだ」というセリフは喋りました。
人間関係にはいろいろな形があっていい|『機動戦士ガンダム 水星の魔女』スレッタ・マーキュリー

――アフレコ現場やアニメ以外での思い出などはありますか?
市ノ瀬:ミオリネ役のLynnちゃんとは、『水星の魔女』で初めてがっつりご一緒させていただいたのですが、Lynnちゃんってすごく不思議な空気感を持っている方で、一緒に現場に入るだけで、すっと緊張がほぐれてくる感じがするんです。それは、アフレコだけでなくラジオも。
Lynnちゃんがすごく自然体でいてくれるから、私も同じように自然体で、フラットな感じでいられる。
そういう意味で、Lynnちゃんの存在にはすごく救われていたな、という気がします。

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――ムードメーカーとかとは、少し違うんでしょうか?
市ノ瀬:うまく表現するのは難しいんですけど、「LynnちゃんはLynnちゃんのままでいてくれる」みたいな感覚です。
――ありがとうございます! 最後に、市ノ瀬さんが思う『水星の魔女』という作品の魅力を教えてください。
市ノ瀬:本当に、どんな場面、どんな人物を切り取ってもドラマがあるので、すごくたくさんの魅力があるし、それこそ語り尽くすことができないくらいだと思います。
その中で私が感じている『水星の魔女』の魅力の一つは、人間関係って人それぞれいろいろな形があって、どんな形でもどんな関係性でもいいんだと思わせてくれる作品だったことです。
『水星の魔女』には、スレッタとミオリネの関係をはじめとした学園内の関係、スレッタとプロスペラの親子や、ミオリネの親子、ジェターク家の親兄弟、ゼネリ家の養親子と、本当に多様な人間関係が描かれていたし、そこにはさまざまな問題を抱える関係性があったと思います。
一見、仲が良さそうで順調に見えても問題があることだってあるし、逆に仲良くなさそうに見えても絆が強かったりもする。
作品の中で描かれたいろいろな関係性の中には、自分と重ね合わせられるものがあるかもしれない。
そういう意味で、観た人の心に必ず何かを残してくれる作品なんじゃないかなと思います。