役は“作る”のではなく、“なる”もの

――演技をする際に大切にしているのは、どんなことですか?
井上:僕の場合は、言葉にするとわりとシンプルで「いかにその役の気持ちになりきるか」ということに尽きます。
表面的に、形だけで役を作るのではなく、心から気持ちからその役になりきって、感じたことを大切に演じるイメージです。
――そう思うに至ったきっかけはあるんでしょうか。
井上:昔、それこそ20代の頃は「こういう場面ならば、こう言うべきだ」というように理論を組み立ててからお芝居をしていました。
ある時ふと、「そういうものを全部捨てて感じたままやってみよう」と思って演技をしてみたら、頭で考えたお芝居では出てこないような表現が、すっと出てきたんです。そのときに「あれっ?」と思って。自分でも想定しなかったような演技なんだけど、それがすごく作品や役柄になじむ表現ができた気がしたんですよね。
頭で考えてお芝居をすると、知らぬ間に自分で「その役はこういう人間だ」と勝手にキャラクターの幅を狭めてしまって、その範囲から外には出られなくなってしまう。それ以来、「計算しちゃいけない。役として感じて、役として生きればいいんだ」と思うようになりました。
――「役として生きる」。言葉で聞く以上に、難しいことのような気がします。
井上:たとえば、演劇には「エチュード」という即興芝居の練習方法があります。これは、セリフはまったく決まっていなくて、設定だけが決まっていて、即興でお芝居を組み立てていくというもの。
そうすると、相手がまったく想定もしていなかったことを言ってくるわけです。それに自分が役として反応すると、どんどんお話しが発展していく。だけど不思議なもので、このエチュードが「こう演じよう」「こういうお話にもっていこう」と考えていくと、大体面白くならないんです。
それは、相手のセリフや気持ちを、ちゃんと感じて、受け止めた上で話していないからなんですよね。
このエチュードでやっているようなことを、声優として決まったセリフの中でできたらいいんじゃないかと思っているんです。

――相手の反応を受けて、そのキャラならどう反応するのか。それを考えるのではなく、キャラの気持ちになりきって自然に反応するのが大事なんですね。
井上:そうだと思います。基本的にセリフが決まっているとはいえ、私たちはその中で驚き、悲しみ、また喜びもするわけです。その表現に新鮮さがなくなってしまったら、それはお芝居とは言えない。
よく「役の気持ちを作る」という言い方をされる人がいますが、きっと役って“作る”ものではなくて、“なる”ものだと思うんですよ。
「作ろう」と思って演技をしてしまうと、それは極めて予定調和的な演技しかできなくなってしまう。そうすると、何度やっても同じお芝居になってしまうんです。僕からすると、それだと「役が生きてこない」感覚があります。
こうした感覚で演技に望めるようになってからは、より自由にその役やキャラクターを演じることができるようになった気がします。
ただ、言葉で説明してもなかなかわかってもらえないことが多いんですが (笑)。
――言葉で「こういうことなんだ」とは理解しつつも、それが実際にどうやっているのかだったり、どういう感覚なのかは井上さんにしかわからないのだろうなと思います。今後の声優人生、どんなふうに歩んで行きたいですか?
井上:50年間やってきたのでね、もう「どんな役をやってみたい」とかっていうのはないですが、力みすぎず適度に力を抜いた演技をして、そのキャラクターの良さが引き出せる役者ではありたいと思いますね。
これまでの歩みを振り返ると、どうしてもところどころに肩肘を張って頑張った場面とか、理屈で考えすぎてしまった瞬間というのもあります。でも今だったら、そういう「力み」を一切とっぱらった状態で、自分自身が演技に望めるんじゃないかなって思うんです。
そんな気持ちで、みなさんに楽しんでいただける作品に一つでも多く出演して、お芝居をやっていきたい。今、思っているのはそれだけです。
――そのお言葉も「50年でたどり着いた境地」という感じがします。
井上:いやいや、それがそんな「境地」なんて言えるようなことでもないんですよ。まだまだ先輩たちからすると、僕なんて「若造だな」と言われますから(笑)。
『悪役令嬢転生おじさん』に見る、おじさんの美学
――2025年放送開始の『悪役令嬢転生おじさん』では悪役令嬢に転生してしまう50代のサラリーマン・屯田林憲三郎役を演じられます。
井上:屯田林憲三郎はおじさんなんだけど、でも考えてみると僕よりもだいぶ年下なんだよね(笑)。僕からすると結構若いと思ってしまうんですが、「世間からみたときのおじさんってこんなふうに見られているんだ」というのは、なんだか妙にリアリティをもって感じてしまいました。
またね、そのおじさんが話すことがちょっと雑ではあるんですけど、社会を生き抜くのに役に立つような考え方だったり、培ってきた経験からくる重みのある言葉だったりするんですよ。
別にそれがかっこいいわけでもないんだけど、どこか逆説的に「かっこよくない、かっこよさ」みたいなものも感じさせる。決め決めでいうべきセリフも全然決まらないとか、そんなキャラクター性が、逆に味というか魅力になっているんじゃないかと思います。
――『悪役令嬢転生おじさん』を楽しみにされている視聴者の方にメッセージをお願いします!
井上:仕事で疲れて家に帰ってきてから、何も考えず肩の力を抜いてぜひ見てほしい作品。「人それぞれ、誰にもわからないような悩みを抱えているんだな」と思ってもらえると、なんとなく次の日に頑張る力が湧いてくる。そんなふうに感じてもらえたら嬉しいですね。
取材・文/郡司 しう 撮影/小川 伸晃
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