松山英樹特集

松山英樹と野茂英雄。
無口なサムライの共通項
text by 二宮清純

 野球評論家の権藤博さんが日本経済新聞(4月15日付)のコラムで、この4月に日本人、いやアジア人として初めてマスターズを制した松山英樹選手と、日本人メジャーリーガーのパイオニアである野茂英雄さんの共通点について、こう書いていました。

<2人と一緒にいると、昔のお侍さんと食べたり飲んだりしている感じがする。ともに口数は少ないが「おぬし、できるな」と思わせる。脇目もふらずに何かに突き進んでいる人というのは、寡黙なものらしい。
 2人ともセンスの塊だ。しかし天才というのとも違う。彼らは練習の仕方がうまいのだ。それを私はセンスと呼んでいる。いくら練習しても鳴かず飛ばずだった選手を何人も見てきた。野茂や松山は人一倍努力するうえに、センスがあった。だから頂点に立てた。>

 まさに"我が意を得たり"という一文です。かつて、私は野茂さんに「男は黙ってヒデオ・ノモ」というキャッチフレーズをつけたことがあります。1970年代前半、「男は黙ってサッポロビール」というCMが大ヒットしました。画面の中の三船敏郎さんの演技にシビれた向きも少なくないでしょう。
 野茂さんも松山選手も無口ですが、ポロッと口をついて出る言葉にはシビれるものがあります。

 まずは野茂さん。海を渡る前、野茂さんへの評価はネガティブなものがほとんどでした。その中に、「野茂は英語が話せない。意思の疎通がうまく図れなくてはメジャーリーグでは通用しない」というものがありました。その話を伝えると、野茂さん、顔色ひとつ変えずに、こう言いました。
「僕はアメリカに英語を覚えにいくわけではない。野球をやりにいくんです」
 私が野茂さんのメジャーリーグでの活躍を確信したのは、この時です。

 松山選手にも、心を揺さぶられる言葉がありました。
 今から4年前、全米プロゴルフ選手権で、最終日の10番ホールを終えた時点で単独首位ながらも、11番から3連続ボギーを叩き、5位まで後退。ジャスティン・トーマス選手(米国)に逆転負けを喫した時のことです。松山選手は涙ながらに、こう語りました。
「ここまで来た人は、たくさんいる。ここから勝てる人と勝てない人の差が出てくる」
 この苦い記憶が、今回は生きたのです。
 それを象徴するのが最終日の15番でした。

 2位ジャスティン・ローズ選手(英国)に4打差をつけての最終日、松山選手は1番をボギーでスタートしたものの、2番でバーディーを奪い、勢いを取り戻しました。8番、9番も連続バーディーと快調に飛ばし、勝負はいよいよ10番からの最終9ホールです。4年前の全米プロで苦汁をなめたサンデーバックナインです。

 松山選手は10番、11番で連続パー。12番をボギーとしたものの、13番でバーディー、14番はパーとスコアを取り戻しました。
 そして迎えた運命の15番。パー5、530ヤードのロングホールです。グリーン手前と奥に池があり、ティーショット、アイアンともターゲットが狭い難所です。
 フェアウエーからの2打目、松山選手が手にしたのは4番アイアンでした。
「(仮に失敗しても)攻めていった方が悔いが残らない」
 2オンを狙ったものの、思った以上にショットが伸び、ボールはグリーン奥の池へ。なんとかボギーで踏みとどまったものの、同組のサンダー・シャウフェレ選手(米国)に2打差にまで迫られました。

 しかし、マスターズの女神は、最後まで攻めの姿勢を貫く松山選手を見捨てませんでした。16番では逆にシャウフェレ選手が池に入れ、あろうことかトリプルボギー。前のホールで松山選手が見せた「とどめを刺してやる」という気迫が、シャウフェレ選手にプレッシャーを与えたのかもしれません。
 最終18番ホール、1.8メートルのパーパットを外した後、タップインでボールを沈めた松山選手、こみ上げてくる感情を押し殺すように帽子をとって軽く右手を上げ、観客の拍手に応えました。

 そのシーンは、今から25年前、野茂さんがロッキーズの本拠地クアーズ・フィールドで日本人として初めてノーヒットノーランを達成した際、仲間たちに担ぎ上げられながら突き出した控えめなガッツポーズと重なりました。令和の時代は「男は黙ってヒデキ・マツヤマ」です。

二宮清純
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。
[HP] https://www.ninomiyasports.com

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