2024年9月25日(水)更新
「一生忘れられない日になる」。9月19日(現地時間)のマーリンズ戦(ローンデポ・パーク)で、ドジャースの大谷翔平選手がメジャーリーグ史上初となる「50本塁打、50盗塁」を達成しました。大谷選手は、その後も、さらに記録を伸ばし、22日(現地時間)現在、「53本塁打、55盗塁」と「55-55」も視野に入ってきました。
この試合が始まるまで、大谷選手は48本塁打、49盗塁。この日も1番に入った大谷選手は、いきなり1回の初打席で快音を響かせます。マーリンズの先発エドワード・カブレラ投手のチェンジアップを、右中間に運び、二塁を奪います。1死一、二塁から、一塁走者のフレディ・フリーマン選手とともにダブルスチール。三盗で盗塁数を50の大台に乗せました。その後、4番のウィル・スミス捕手がライトに犠牲フライを放ち、大谷選手が先制のホームを踏みました。
この得点が、いみじくも物語るように、大谷選手の盗塁は、得点への貢献度が高いのが特徴です。「記録のために走る」のではなく、「勝利のために走る」。その精神に貫かれています。
スプリング・トレーニングでのことです。大谷選手は最新機器「スプリント」を用いて瞬発力を高めるトレーニングを行っていました。
ピッチャーが本職の大谷選手にとって、これまで盗塁の練習を本格的に行ったことはなかったはずです。北海道日本ハム、侍ジャパンで監督を務めた栗山英樹さんは、3大会ぶり3回目の優勝を果たした第5回WBCで「翔平には“行くな”のサインを出していた」とテレビで舞台裏を明かしました。「ボクが盗塁を阻止していた可能性があります」とも。もちろん、それは大谷選手のケガを案じてのことでしょうが、ここまで盗塁の技術が急速に進歩するとは思ってもみなかったようです。
花巻東の佐々木洋監督も、同じようなことを言っていました。
「こんなに盗塁を決められる選手と気付いてあげられず、もうひとつの可能性を開花させることができなかった。悔しさと同時に至らぬ監督だったと反省しています」
3年間にわたって、大谷選手を指導した監督でも、大谷選手のポテンシャルは想定の範囲をはるかにに超えていたということでしょう。
今季、エンゼルスから移籍したドジャースでDHに専念するにあたり、大谷選手は「どうすればチームに最大限貢献できるか」を考えたはずです。長打に関しては40本台のホームランを2度(2021年、23年)もマークしており、これは自信があったでしょう。開幕から2番を任されるにあたって、もうひとつの武器として磨いたのが盗塁・走塁技術でした。いくらベースが拡大したことで塁間が短くなったり、投手の牽制回数に制限がかかったとはいえ、9割3分2厘という成功率は驚異的です。
そして待ちに待った50号は、7回2死三塁の第5打席で飛び出しました。マイケル・バウマン投手が投じたカウント1-2からのナックルカーブをレフトスタンドに運びました。
この日は6打数6安打10打点2盗塁。6安打のうちホームランは3本。しかも3打席連続。大谷選手には、もはや「伝説」の領域を超え、「神話」の世界の住人となった印象があります。
「ヒリヒリする9月」を思う存分、堪能している大谷選手。ポストシーズンでも“ザ・翔タイム”は続きます。
二宮清純
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。