漫画家の高橋陽一さんがオーナーを務める関東サッカーリーグ1部・南葛SCの監督兼テクニカルダイレクター風間八宏さんは、「うまいは強い」をコンセプトに、川崎フロンターレをJリーグ屈指の強豪クラブに育てたことで知られています。
サッカーの世界で、ボールを足や胸で止めることを「トラップ」といいます。簡単そうに見えて、案外、難しい技術です。
たとえば小学生にトラップを教える時、風間さんは「音がしないように止めてみな」と言います。この「音がしないように」という部分がミソです。
当然のことながら、音を消すには、ボールと足の接地面積を小さくしなければなりません。できる限り「点」での接地が望ましいのですが、最初からうまくはいきません。
しかし、何度も何度も繰り返し練習しているうちに、徐々に音は小さくなっていきます。それは上達している証でもあるのです。
小学生や初心者に対し、頭ごなしに「止めろ!」といっても、彼らからすれば、どう止めていいのかわかりません。
ここで大事なのは、小学生や初心者の心に届く「伝え方」です。風間さんは、そこにこだわりを持って指導にあたってきました。
同時に風間さんは、子どもたちに「ボールを取られない」ことの重要性を説きます。
「日本ではボールを奪うと褒められるのに、失ってもあまり批判されない。順序が違うのではないか」
そういった問題意識が前提にあるようです。
では、実際、子どもたちに、どのような伝え方をするのでしょう。
「僕は子どもたちに“このボールが100万円だったら、どうする?”と聞きます。すると“こうやって持ちます”とすぐにボールを抱え込んでしまいます。“じゃあ何で、そんな大事なものを、簡単に取られるんだ?”って教えてやれば、次からボールを大切に扱うようになるんです」
この話を聞いて、思い出したことがあります。ラグビーのレジェンド平尾誠二(故人)さんは、反則の中でもノックオン(ボールを前に落としてしまう反則のこと)を特に嫌っていました。
神戸製鋼の選手時代、練習でノックオンの反則を犯した若い選手にこう説きました。
「楕円球のボールを自分の子どもだと思ってくれ。大切な子どもを、そんなに簡単には落とさへんやろ。落とされた子どもは“痛い”いうて泣いとるぞ」
ラグビーの取材をしていて、ボールを「自分の子ども」に見立てたのは平尾さんだけです。名選手でありながら名伯楽たりえた理由が分かったような気がしました。
話をサッカーに戻しましょう。風間さんは、「外国語を使っての指示や指導には危険が伴う」と言います。
たとえば、今なら子どもでも知っている「ポゼッション」というサッカー用語。「所有」や「所持」といった意味を持ちますが、サッカーの世界では主にボール保持率を高め、試合を支配することを意味します。
風間さんがこの言葉を使わない理由として「定義ができていない」ことを挙げます。
<ですから、「ポゼッションを高めよう!」などと伝えてしまうと、とにかくボールをつなぐ、逃げるためのパスでもいいから、というプレーが出てしまいます。
その結果、「ポゼッション率が高ければ、それがいいサッカー」と、ゴールを奪う手段のはずがポゼッションが目的化してしまいかねません>(自著『伝わる技術』講談社現代新書)
この国には、「生兵法は大怪我のもと」という格言があります。外国語を使うにあたっては、より注意深さが求められるかもしれません。
1960年、愛媛県生まれ。
スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。明治大学大学院博士前期課程修了。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」など著書多数。
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