声優・岡本信彦
ロングインタビュー #3
声の仕事への信念は大切にしつつ、
時代ごとで柔軟に対応できる人でありたい。
2024年3月15日更新
OKAMOTO
INTERVIEW
『僕のヒーローアカデミア』の爆豪勝己役をはじめ、『青の祓魔師』の奥村燐役、『とある』シリーズの一方通行(アクセラレータ)役、『葬送のフリーレン』のヒンメル役など、数々のヒットアニメで主要キャラを演じる声優・岡本信彦さん。ときに仲間思いの熱いキャラから、ときに狂気に満ちたクレイジーなキャラまでを演じ分けつつ、そのキャラクターの魅力を深く引き出し、圧倒的な存在感を放つキャラへと昇華させます。その幅広さと奥行きを感じる表現力は、一体どこから生まれるのか。このインタビューでは全3回にわたって、その人となりをひもときながら、声優・岡本信彦の素顔に迫ります。
一人の中に複雑な多面性をもつ
キャラクターに惹かれる
――どんな役が、演じやすいと感じていますか?
岡本:自分自身、幅広くいろいろなキャラクターを演じられる声優でありたいと思いながらやっています。そういう意味でいうと、一人の中に多面性が潜んでいるキャラクターは、やりやすいですし、演じることも多いですね。小さい頃から一人で、脳内会議をしたりしていたので(笑)。
――脳内会議!? 詳しくお聞きできますか(笑)?
岡本:昔から、頭の中で「別人格の自分」を勝手につくりあげていて、頭の中で、自分と別人格の自分が会話をしながら、何かを決めたりしていました。これは小学生の頃に、お笑い芸人のインパルス・板倉さんが同じく「一人で脳内会議する」っておっしゃっているのを聞いたり、同じ時期に『幽☆遊☆白書』に出てくる多重人格者の仙水というキャラが大好きだったのが強く影響していると思います。例えば「今日ご飯どうしよう」とか、ささいなことでも脳内会議で決めたりしています。
――「別人格の自分」というのは、どんな性格の人なんですか?
岡本:高尚で正義感が強い自分と、毒が強く批判的な自分の、二人です。正義感が強い自分は、その状況での最適解を出そうとするんですが、うがった見方をする自分がそれに対して「本当にそうなのか?」と絶えず投げかけてくる。正義感が強い自分がつねに正しいわけではないですし、そればかりだとどこか人間味が薄くなってしまう気がするんですよね。それに批判的な視点は、自分を成長させるきっかけにもなります。
わかりやすく言うと「天使と悪魔」というイメージが近いんですが、単純に善悪で分かれているというわけでもないんです。
おそらく僕が演じてきた多面性をもつキャラも、それぞれの面に明確な境界線を引けるような多面性を持っているわけじゃない。それが魅力にもなりますし、僕はそういう人やキャラに惹かれるんですよね。だからそれぞれの面の複雑さを紐解いていって、キャラの個性や魅力の表現に繋げたいと考えています。
――ひとりの人間の中にある色々な面と向き合う。岡本さんの演技の幅は、そういうところから生まれているんじゃないかという気がしました。逆に、難しいと感じるキャラもこれまでにはいましたか?
岡本:これは少しテクニカルな話も入りますが、例えば「慕われている先生」「いい先生」的な立ち位置で、説明的なセリフが多いキャラは難易度が高いと感じますね。
そもそも説明的なセリフは、明瞭で視聴者にわかりやすくなければいけない。それだけでも難しいのに、「今の説明わからなかった」となれば「いい先生」というキャラの説得力がなくなるわけです。物語上は会話の相手に対して説明しているはずですが、同時に視聴者にも面白く聞こえて、かつ「いい先生」であることが伝わらなければいけない。
実際に演じるとしたら、針の穴を何個も通すようなイメージの演技だと思います。そして多分演じた瞬間に、頭の中でさっきの“毒の強い自分”が「おい、それ本当にできているのか?俺はわかんなかったぞ」とか言い出し始める。そうなったらもう地獄ですね(笑)。
偽物であることは変えられない
セリフに気付かされた声優としてのあり方
――今まで演じてきたキャラの中で、「このキャラはもう一度演じてみたい!」と思うキャラっていますか?
岡本:基本的には、すべてのお仕事で「納品までたどり着けてよかった」という思いが強いんですよ。そういう意味では、「もう1回やり切れるか」というドキドキを味わうのは、どんなキャラでも怖いかもしれないですね。
ただここ最近で、本当に感謝だなと思えたのは『葬送のフリーレン』のヒンメルですね。大体の作品は反省しながら観ることが多いんですが、ヒンメルはキャラが自分から離れた感覚があって、ふつうに楽しく見られています。これは、自分の中でもめずらしい感覚ですね。
――ヒンメルを演じるにあたっては、どんなことを意識されてたんですか?
岡本:普通、勇者パーティーっていうと勇ましくて、正義感が強くて、熱血で……というイメージだと思いますが、『葬送のフリーレン』のパーティーメンバーは逆で、すごく“普通の人たちの集まり”という感じがするんですよね。そこが、彼らの魅力にもなっている。
当然、ヒンメルもそうで、とにかく「ヒンメルにとっての自然体はどんなだろう」と考えてからアフレコにのぞみました。彼らの“普通っぽさ”をどう表現できるか、それに向き合っているのが現場でもすごく楽しかったですし、ヒンメルというキャラから僕自身が受け取るものも大きかったと感じています。
©山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会
――岡本さんは、どんなことを受け取ったと感じているんですか?
岡本:「いいじゃないか。偽物の勇者で」というセリフがあるんです。これは、僕自身が声優をやる上でまさしく思っていることにも通じていて、役者やお芝居をやるということは、どこまでいっても「本物じゃない」んですよね。事実として、偽物であることは変えられない。でも、「どこまで本物になれるか、近づけるか」ということを、つねに心に抱いて芝居にのぞんでいるわけです。
でもヒンメルは、続けてこう言うんです。「僕は魔王を倒して、世界の平和を取り戻す。そうすれば偽物だろうが本物だろうが関係ない」。
きっと、いまが本物なのか偽物なのかはどうでもよくて、自分の中で何かをやり遂げることができたら、いつか自然と本物に変わっていく。ヒンメルの言葉からは、声優としての自分のあり方を改めて教えてもらったような気がしました。