インタビュー

声優・速水奨

声優・速水奨
ロングインタビュー #3

変化にあらがいながら
声優としてマイク前に立ち続けたい

2024年10月9日更新

SHOU
HAYAMI
INTERVIEW

声優界きっての美しい低音ボイスで、色気と包容力に満ちたお兄様から絶対的な力を見せつける悪のカリスマ、またときにはその渋みを逆手にとったコミカルなキャラクターまで数多くの作品で名演を披露し、さらに『ヒプノシスマイク』ではシンジュク・ディビジョンのMCグループ「麻天狼」の神宮寺寂雷役としてラップを完璧に歌い上げ、ファンを魅了し続けている声優・速水奨さん。2013年には独立して、自身の声優事務所「Rush Stlye」を設立。現役でマイク前に立つ声優ながら、事務所代表としての顔も持っています。ところが速水さんにこれまでの歩みについて尋ねてみると、「じつは声優には興味がなかった」という意外な返事が……!このインタビューでは全3回にわたって、その軌跡と出演作品に対する思いをひもときながら声優・速水奨の原点と思いに迫ります。

チームで作品を作り上げていく時代

声優・速水奨

――親交の深い声優さんはいらっしゃいますか?

速水:「いつも一緒にあそぶ」という相手はいないんですが、お互い若い頃からライバルであり理解しあえる仲間という意味では堀内賢雄さんですね。

少し前に彼とトークショーをやるということで、先立って写真撮影をしたんです。一緒にインタビューも受けさせてもらったんですが、最近彼はひげを生やしてるんですよ。

いい感じのナイスミドルになっていて、「なんだそのひげ、かっこいいじゃないか!」と(笑)。僕はひげが似合わないのでちょっと妬いています。

声優・速水奨

――速水さんも、ひげを伸ばされたことあるんですか?

速水:昔、「イケてないサラリーマンが新橋のガード下で飲んだくれてる」っていうコンセプトで撮影があって、無精ひげを伸ばしたんですが、本当そのくらいかなぁ(笑)。

――それで、堀内さんのかっこいいひげに嫉妬していると(笑)。堀内さんとは、お芝居の話もされるんですか?

速水:いや、芝居の話はほぼゼロですね。本当、たわいのない話ばっかり。でも彼と話すのは楽しいんですよ。トークショーでもどちらかといえば、僕ら自身が楽しんでいて、お客さんは置いてけぼりかもしれない。お互いに媚びないし、堀内さんの視点は独特だし、考え方とか話すことにいつも刺激をもらっています。

僕の妻の五十嵐や、堀内さんのマネージャーさんもみんな同世代でね、自分たちだけがわかるような話に没入しちゃって大人ばっかり楽しんでいるという(笑)。

声優・速水奨

――この業界に長くいらっしゃるからこそ、積もる話がありそうですね(笑)。ちなみに速水さんから見て、若い頃と今とで声優業界の変化ってありますか?

速水:一番は、タテ社会じゃなくなったことかな。昔はかなり上下関係も厳しかったんですけど、いまはもうまったくない。新人やデビューしたての方でものびのびと仕事をしているし、それはとてもいいことだと思います。

僕らが若い頃は、制作スタッフと仲良くなるなんてほぼなかったんですよ。当時はLINEなんてないし、電話番号を聞くのだって、そこそこ勇気が要りましたからね。でもいまの若い世代って制作スタッフともすんなりと仲良くなっちゃうんですよ。僕の事務所の新人からも「この間、原作の〇〇先生とごはんに行きました」みたいな話をよく聞きます。羨ましいかぎりです。

――それは大きな変化ですね。

速水:声優陣だけじゃなくて、「作り手側全体が一緒になって作品をつくってる」という感じが昔よりも強くなりますよね。いまのほうがチーム感は強いと思います。

昔は「何日何時、このスタジオ、この台本で」くらいの少ない情報でアフレコ現場まで行っていたのが、いまでは「この話は先生が特別に書き下ろした話で、こういう意図があって」とか、話の制作背景までちゃんと知った上でアフレコにのぞめる。要は「どんな演技をすればいいか」というヒントが多いんですよね。

いい意味で、僕の若い頃とはぜんぜん状況が違う。状況が違うからこそ、僕が口出しをするようなことはあまりないし、偉そうにしようと思ったってできないくらい(笑)。でも逆に、若い世代は僕らのような古株も大事にしてくれるんですよね。声優業界には幅広い年代の方々がいますけれども、お互い良い関係性で仕事ができているんじゃないかなと思いますね。

ふだんの実力が出せれば、それでいい

声優・速水奨

――大事にされているルーティンはありますか?

速水:ルーティンがあると「それをしなきゃダメ」という気持ちになるじゃないですか。それがイヤでつくらないようにしているんです。自分で規定して「こうじゃなきゃ」ってどこか不自由じゃないですか。

たとえば、アフレコのスタジオって大体モニターが4つ横並びで、その前にマイクが4本立ってるんですね。両端のマイクに立つと、台本を持つ手によってはモニターや全体が見えにくくて、やりづらかったりするんです。人によっては立ち位置を決めている人もいるんですが、僕は幸い両利きなのでどちらの手でも台本が持てる。だから「どのマイクに立つ」ということは決めずにどこでもいつでも入れるようにしています。

――ルーティンよりも、現場で柔軟でいられるようにしているんですね。

速水:そうですね。台本も、ふつう自分の役のところにマーカーを引いたり、出番のページの角を折り込んだりする人がほとんど。だけど僕は台本への書き込みもやめました。線もふりがなも書き込まず、まっさらなまま。

自分としては、そのほうがいつでも新鮮でいられるかな、面白い演技ができるかな、と思ってやっています。

――速水さんぐらいのベテランだからできる芸当のような気がします。

速水:いや、意外とベテランになればなるほど、その人独自のやり方があって、なかにはまるで絵画を描くように色鮮やかに台本に書き込む人もいるんですよ。たとえば「オレンジはこういう感情、青はこういう感情」といった具合に、その人だけがわかる暗号のような感じで。声優ごとのやり方の違いを見比べるのも面白いと思います。

で、僕は何も書かない派。ただ、ときどき人のセリフを読んじゃったりもします(笑)。

――弊害が出てた(笑)。

速水:たまに読んじゃうことがあるから「集中しなきゃ」とつねに自分に言い聞かせてますね。あと書き込まないメリットとしては、台本を忘れてもなんとかなる(笑)。自分で持っていっても、スタッフに借りても、同じものなので。

――いつもまっさらな台本を使っていれば、書き込みがないからって焦ることはないですもんね(笑)。ルーティン以外で、速水さんが声優として大事にされていることはありますか?

速水:心持ちの話にはなりますが、「自分を過信しない」ということですね。

「もっとできるはず」という考え方って呪縛にもなると思うんですよ。その場だけのミラクルっていうのは絶対起きないと思っています。それよりも「ふだんの自分の実力が出せればそれでいいじゃないか」と。

そのかわり、ふだんの実力を客観視して確信を持てるレベルにしなければダメですけどね。

――あるはずのないゴールを目指してしまう。ほかのお仕事にも通じる言葉のような気がします。そう考えるようになったのはいつ頃でしょうか?

速水:40代ですかね。その頃、艦長やキャプテンのようなリーダーポジションの役をいただく機会が増えて、演技をするときに「責任感をもってやらなきゃいけないな」という思いが、強くなってきた。

その中で、ふと「責任ってなんだろう」と考えたときに「楽しく仕事すること」なんじゃないかと。楽しく仕事をするためには、自分の実力でできることを毎回必ず出さなきゃいけない。そんなことを考えながら仕事を重ねていくうちに、「過信しちゃいけない」という考えに至ったんだと思います。

――すごく面白いですね。管理職的な立ち位置の役を演じたことで、より責任感が増して「安定的なパフォーマンスを出す重要性」に気づいた。それって役を超えて、本物の管理職の思考のような気がします。若手プレーヤーが大金星を狙うのと真逆ですよね。

速水:そう、ときに役を演じているとその役の立場や境遇から、気持ちが芽生えてくることがあるんです。もちろん役だけじゃなくて、作品のテーマだったり、メッセージから気づくこともあります。

どの作品もどこかで自分とシンクロする部分があるし、感銘を受ける部分が必ずある。それって誰しも子どもの頃から本を読んだり、アニメを見たり、映画を見たりして受け取っているものと同じ感覚だと思うんですよね。声優になってもそれは変わらないわけで。

「自分はもっとできるはず!」と過信してしまうと、作品をそうした目で眺める姿勢も失われてしまう気がします。だから役を演じつつも、その作品やキャラクターを楽しんだり、味わったりすることはすごく大事だと思います。

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