声優・阿部敦
ロングインタビュー #3
「温存せず常に全力で、1点でも高いほうを狙う」。
阿部敦が考える声優の意義
2024年7月5日更新
ABELONG
INTERVIEW
『とある魔術の禁書目録』上条当麻役の熱演をはじめ、『バクマン。』真城最高役、『異世界のんびり農家』街尾火楽役などのアニメから、『アイドリッシュセブン』の逢坂壮五役、『プリンセスコネクト!Re:Dive』といったゲームまで、数々の話題作で主要キャラを熱演してきた声優・阿部敦さん。幼い頃から自分の気持ちに素直で裏表なく、それゆえに「小学生時代は周りにあまり馴染めなかった」と話す阿部さん。そんな彼の人生の分岐点は、大学4年生のときに訪れます。このインタビューでは、阿部さんが声優の道を選んだきっかけから、出演する作品に対する思い、役作りまで、その人となりをひもといていきます。
100点の作品にどれだけ加点できるかが声優の仕事
――阿部さんの「座右の銘」をお伺いできますか?
阿部:声優の仕事に通じるものでいうと、「果報は寝て待て」かな。声優の仕事って、自分ができるだけのことをやったら、あとは周りが判断するので、後からどんなに気を揉んだり不安がっても仕方ないんですよね。
周りの評価や結果に一喜一憂するのではなくて、自分がやれるだけのことをやったら、あとはあんまり考え過ぎない、気にし過ぎないことが大事なのかなという気がします。そのためには、「常にベストを尽くしていたい」とも思います。
――メンタルを保ちながら、自分を鼓舞する言葉でもあるんですね。
阿部:とくに今は、作品や記録媒体がデジタル化されたことで、過去の作品に格段にアクセスしやすくなったじゃないですか。例えば、この記事を読んでくれた方が「『とある魔術の禁書目録』の第1話が観たい」と思えば、手元のスマホですぐに観られちゃう環境がある。
そうすると、そこでは当時駆け出しの頃の自分がお芝居をしている。その演技を、今の自分が観たら「ヘタだな……」と感じるでしょう。でも、その当時はそれがベストだったし、後悔はない。でも、仮に当時ベストを尽くしていなかったら、もっと恥ずかしいし、後悔が残ってしまう。それは絶対に嫌だなと思うんですよ。
――いい意味でも悪い意味でも、作品が残って、誰もがそこにアクセスできてしまうと。
阿部:だから現場では、1ミリでいいから上をめざすことを、諦めたくないですよね。それはアフレコへの事前準備もそうだし、現場での向き合い方もそうです。
例えば喉の調子を考えて、毎回「明日に備えて」「次の仕事もあるから」「疲れを残さないように」と温存していたら、本気を出す日なんて一生訪れないじゃないですか。
だから、狙えるならば常に「より良いもの」を狙っていく。それは自分の納得のためでもあるし、作品や役を背負っている身としての、ある種のけじめでもあると思います。そして、それが声優という存在の意義でもありますよね。
――声優の存在意義。阿部さんがお考えのことを、もう少し詳しくお伺いできますか?
阿部:アニメにはマンガ原作が多いので、すでに絵と文字だけでも面白いわけです。
面白い作品、魅力的なキャラが約束された状態で役が与えられる。つまり、声優が演じる前から、実際はもう100点の状態なんですよ。それを踏まえた上で声優の仕事は何かというと、「その100点にどれだけ加点できるのか」。
「この人が演じたおかげで、このキャラのあんな側面に気づいた」「思っていたよりもこんな性格のキャラだった」という、観ている方の視野をさらに広げられるかどうか。
それがプラスアルファで作品に加点していく、声優に与えられた役割だと思うんです。
――すごくわかりやすいです。
阿部:逆に言えば、頑張らなくてもそれっぽくやれば100点がもらえてしまう。原作が面白いから。でも演じ手として、そんなお芝居はやっぱり嫌ですよね。
150点、160点を狙って、現場であともう1点、161点いけるか……というところまで頑張ることが、僕たちの仕事だと思うんです。
強大な敵と対峙する場面、それをリアルにするなら全力で叫ぶ必要がある。でも、喉がつぶれるかもしれない。そこで「明日があるから80%に抑えよう」と考えるのではなく、「明日のことなんて、気にするべきじゃない」と考える。
いろいろなタイプの考え方ができると思いますが、僕はそういう思いが強いタイプの声優だと思います。
“喋る”よりも“聞く”ほうが大事
――影響を受けた、あるいは尊敬する先輩声優というと、思い浮かぶ方はいますか?
阿部:大前提として、小学生の頃から観ていた先輩方も、いまだに現役で、一緒にお仕事をする機会がありますし、尊敬する先輩、影響を受けた先輩は本当にたくさんいます。
でもその中で、僕の好みでもあり、どれだけ年齢を重ねても声質的に絶対に辿り着けなくて、かつ男性としてかっこいいと思うのは、大塚明夫さんです。
一緒にお仕事をしたことはそこまで多くないんですが、見かけるたびにそのすごさには圧倒されますね。
――どんなところにすごさを感じるんでしょうか?
阿部:一般的にはダンディで渋い男性のイメージがあると思うんですが、全然それだけではなくて、コミカルな役からシニカルな役まで、本当に演技の幅が広いんですよ。
例えば今は、次元大介という往年の名キャラを演じられていますが、「言われなければ、一瞬大塚さんとはわからないかも」というくらい、次元というキャラに馴染んでいるんですよね。僕なんかが言うと逆に失礼かもしれませんが、現場で一緒になるたび、圧倒されるような演技を肌で感じることができる、偉大な先輩だと思っています。
――大塚明夫さんの“圧倒されるような演技”もそうだと思いますが、共演している相手の影響を受けて、ご自身の演技が変わっていくこともありますか?
阿部:それはもちろんです。やっぱりお芝居って生もので、その時、その場所にしか生まれないものじゃないですか。
もちろんベストを尽くしていいものを狙うけど、狙いすぎるとかえってダメになることもある。そこがお芝居の難しさであり、面白さでもあると思います。
――阿部さんは演じ手として、どんなことを大事にしているんですか?
阿部:もし仮に、自分だけで作り込んだ演技でOKがもらえるような仕事なら、僕は自分に対して「それ、お前じゃなくてもよくない?」という言葉を投げかけると思います。それこそAIがどんどん発達しているし、AIやボーカロイドの技術でいいでしょう。
でもお芝居って、相手の演技によって自分の演技を変化させていくものなんですよね。相手のセリフを聞いたらそれを咀嚼して、自分の言い方に反映させる。それを毎秒、瞬時にやっていく作業なんですよ。
けっして自分一人で作れるようなものではなくて、そこにはまだ人間の力が必要なんですよね。だから、演技には“喋る”よりも“聞く”ということがすごく大事なんです。
――考える間もなく、反射的に反応していくような。
阿部:そうです。現場で考えているような時間はないので、それは家や稽古場で考えておきます。そこで体に染み込ませたものを、現場で反射的にやるほうがおそらくいいものができるはず。
例えば、いまこのインタビュー中の会話を、舞台上の演技としてできたら最高だと思うんです。なぜなら、お互いにその場で相手から初めて出てきた話を受け取って、それを瞬時に判断して返していくことの連続だから。その新鮮さが、会話をリアルで生々しいものにする。
だけど、仮にこのインタビューに台本があって、それぞれがセリフで話していたら、こんなにうまくはいかないと思うんですよ。
――確かに。今ここで初めて発生した会話だからこそ、反応やリアクションがあるし、それで会話の内容やテンションも変わってきますもんね。
阿部:そうです。相手が何を言うかわかっていたら、本当の意味で“驚く”こともないですからね。それと同じでアフレコも、台本を読み込んで、キャラのこともしっかりと考えていくけど、マイクの前に立ったら一度、全部を頭から追い出すんです。
その瞬間からそのキャラになりきって、相手の話を聞いたものを瞬時に判断しながら反応して返していくことができれば、それが演技としては最高になるんじゃないかと思います。