2024年6月10日(月)更新
力道山対ヘイスタック・カルホーン
273キロ「人間空母」沖縄の海に撃沈
「人間空母」とは言い得て妙です。273キロの巨体を武器に力道山が保持するインターナショナルヘビー級王座に挑戦したレスラーがいました。米国テキサス州出身のヘイスタック・カルホーンです。
懐かしの沖識名
カルホーンがTシャツの上にオーバーオールを着用していたのは“農夫”という出自を強調するためでした。
ちなみにヘイスタック(Haystacks)とは「干し草の山」という意味です。アーカンソー州モーガンズコーナー出身と称していたのは、農業や畜産業が盛んな地だったからです。
カルホーンが力道山の持つインターナショナルヘビー級王座に挑戦したのは1963年4月17日です。沖縄・那覇の特設リングでした。
273キロもあるとはいえ、カルホーンはただのデブではありません。チョップやキックも器用に繰り出します。ヘッドロックで力道山の頭部を締め上げるなど巨漢レスラーにしては技も多彩です。ボディスラムも見せました。
1本目を先取したのはカルホーン。飛び上がってのヒジ打ちで力道山にダメージを与え、巨体を躍らせるようにして体固めに行きます。レフリーの沖識名が右手でマットを3つ叩きました。
この試合をユーチューブで見ていて懐かしい気分になりました。それは沖識名の出で立ちです。今見てもシャツというよりは下着のように映るのです。
沖識名といえば沖縄出身の日系アメリカ人。本名は識名盛夫です。ハワイ相撲やハワイ柔道を経験して1932年にプロレスラーとしてデビューしているのですが、私たちの世代にとっての沖識名は日本プロレスのメインレフェリーです。
それが役割だったとはいえ、リングでの沖識名はひどく頼りなく見えました。外国人のヒールに捕まり、逃げ出そうとしてシャツが破れるシーンを見て「しっかりしろ!」とテレビ画面に向けて叫んだのは二宮少年だけではないでしょう。
「まるで化け物」
また外国人のヒールの中には、タイツの中に凶器をしのばせる者がたくさんいました。試合前、沖識名はタイツをチェックするのですが、一度も発見したことがないのです。
古いプロレス関係者に聞くと、あまりの“無能”ぶりに、日本プロレスあてに「沖識名をメインイベントのレフェリーから外せ」という投書が届いたことがあったそうです。
気持ちはわからないでもありません。とはいっても、チェックの甘さを理由にレフェリーを交代させるわけにはいきません。逆に言えば、沖識名のレフェリングは、それだけ注目されていたということです。
話を力道山対カルホーン戦に戻しましょう。アナウンサーの語りが秀逸です。「1食にゆでばれいしょ1袋、たまご10個、ミルク半ガロン、生野菜をバケツ1杯、牛肉を3キロも食べるという化け物です」。まるで大食いコンテストのナレーションのようです。
2本目、カルホーンはベアハッグで力道山の胴を締め上げます。ボディスラムからジャンプして体固めにいくカルホーン。しかし“その手は桑名の焼きハマグリ”とばかりに体をかわした力道山。空手チョップでカルホーンを後方に倒し、エビ固めで1対1のタイにこぎつけました。
3本目に入り、カルホーンは防戦一方です。もう体力が尽きたようです。力道山は相撲でいうぶちかましでカルホーンを場外に吹き飛ばし、リングアウト勝ちで15回目の防衛に成功しました。かくして「人間空母」は沖縄の海に撃沈と相成ったのです。
二宮清純