2023年1月9日(月)更新
武藤敬司、「プロレスはアート」
ラストファイトで宙を舞うか!?
「プロレスはアート」。そう主張し続けるプロレスラーがいます。今年2月21日、東京ドームでのファイトを最後にリングを去る武藤敬司さんです。最後の1ページ、武藤さんはプロレスファンの心にどんなメッセージを刻み込むのでしょうか。
闘魂三銃士は運命共同体
武藤さんと最後に会ったのは昨年10月のことです。「引退試合の相手は?」と問うと、苦笑を浮かべて、こう語りました。
「本当は蝶野正洋とやりたいんです。というのも、オレのデビュー戦(1984年10月5日)の相手が蝶野。蝶野のデビュー戦の相手がオレ。デビュー戦と引退試合の相手が、ともに一緒の選手なんていないでしょう。世界にひとつの美しいストーリーだな、と思っていたんです。都合のいいことに、アイツも引退試合をやっていない。ところが蝶野に聞くと“腰を手術したから試合をやれるようなコンディションじゃない”って。それで、この話は消えたんです」
武藤さんは新日本プロレス同期入門である蝶野さん、橋本真也さん(故人)とのユニット「闘魂三銃士」で売り出しました。これは師匠であるアントニオ猪木さん(故人)の現役時代のニックネーム「闘魂」に、アレクサンドル・デュマの小説「ダルタニャン物語」に登場する「三銃士」を組み合わせたものです。
橋本さんが世を去った今、武藤さんにとって蝶野さんは「ライバルというより運命共同体みたいな存在」だそうです。
「オレらは(佐々木)健介や馳(浩)から突き上げられた世代。橋本が引っ張ったり、蝶野が引っ張ったりしながら世代(のプライド)を保ってきた。その意味で運命共同体なんだよね。むしろ、別のジェネレーションのヤツがライバルだったかな……」
芸能界においても、古くから“3人組”は成功すると言われています。雪村いづみさん、江利チエミさん、美空ひばりさんの“3人娘”、橋幸夫さん、西郷輝彦さん、舟木一夫さんの“御三家”。プロレスにおいては、闘魂三銃士が代表格でしょう。
「ビル3階からの転落」
しかし、寄る年波には勝てません。ムーンサルトプレスを得意とする武藤さんは慢性的なヒザの痛みに悩まされ、2018年3月には両ヒザの人工関節置換手術を受けました。
武藤さんによると、医師から「ビルの3階ぐらいから落ちた転落事故のケガと同等」との診断を受けたそうです。
「オレのヒザの骨はかなり大きくて、日本に適合する人工関節はなかったみたい。そこで海外から取り寄せました。金属部分に“MUTO”と刻まれているので、オレが死んだら骨と一緒に“MUTO”という文字が刻まれた金属が残るかもしれません」
この手術を機に武藤さんはムーンサルトプレスを封印しました。
「手術してからは痛みもなくなった。蹴られても大丈夫なんです。ただしムーンサルトプレスをやると、素材の金属に負けて、他の足の骨が折れてしまうと。医師からは“2度とやってはいけない”と念を押されました」
そこまで言われれば、普通はやらないものです。ところが武藤さん、その禁を破り2021年6月、丸藤正道選手相手に1180日ぶりに宙を舞ってしまったのです。「やむにやまれぬ大和魂」との名言を残したのは吉田松陰ですが、武藤さんには“やむにやまれぬプロレスラー魂”があったということでしょう。
引退試合では武藤さんが宙を舞うかどうかに注目が集まります。その点を突くと、武藤さんはニヤリと笑い、「そうっすよね? そうっすよね(笑)。1回くらい、ちょっと思わせぶりにロープに上がり、(ファンを)がっかりさせておいて、もう1回……(笑)」と語りました。
逆に言えば、ロープに足をかけただけで観客を沸かせられるのは武藤さんくらいのものです。スーパースターの最後の“作品”をしっかりと網膜に焼き付けたいものです。
二宮清純