2025年8月18日(月)更新
羽生結弦、野村萬斎との神対話
魂に「音」を捧げる崇高な儀式

プロフィギュアスケーター・羽生結弦選手がNHKラジオ第1「野村萬斎のラジオで福袋」にゲスト出演したのは、今年の4月(前編が7日、後編が14日に放送)でした。お盆の時期に改めて聴き返してみました。
「MANSAIボレロ」
羽生選手と萬斎さんは、今年3月に宮城県のセキスイハイムスーパーアリーナで行なわれたアイスショー「notte stellata(ノッテ・ステラータ)2025」で共演しました。ふたりはそこで「MANSAIボレロ×notte stellata」と「SEIMEI」を演じました。
元々、萬斎さんの独舞である「MANSAIボレロ」。震災の被害が大きかった東北の鎮魂と再生を祈念し、萬斎さん自らが創作しました。日本の伝統芸能の1つである三番叟を軸とする狂言の発想と技法が用いられています。萬斎さんは2011年に世田谷パブリックシアターで初披露して以降、主に関東の劇場を中心に演じてきました。
今年3月、宮城県・セキスイハイムスーパーアリーナで行なわれた「notte stellata 2025」では、萬斎さんと羽生選手を含む6名のスケーターが「MANSAIボレロ×notte stellata」と銘打って披露しました。それについては2025年3月17日配信号をご覧ください。
先のラジオ番組で萬斎さんは、MANSAIボレロについて「(日本伝統芸能の)三番叟に想を得て創っております。(三番叟特有の)足拍子を踏むのは、そういう意味で感慨深かったです」と語っていました。
萬斎さんが“そういう意味”と表現したのには理由があります。震災発生時(3.11)、アイスショーの会場であるセキスイハイムスーパーアリーナは遺体安置所として使用されました。つまり“鎮魂の場”での演技だったのです。
ここでラジオでの2人の対話を再現してみます。
奥の深いダイアローグ
羽生: リンク上に作った能舞台で鳴らす足拍子の音と、僕ら(スケーター)が頑張って刃で氷の上を叩きつけて鳴らす音は音質こそ違うものですが、シンクロした瞬間はすごく神聖な感じがしました。魂に対して捧げているな、という実感がありました。
萬斎: それはたぶんね、僕らが足拍子をすると音が跳ね返ってくるでしょう? (僕も)その音を聞くのね。つまり、一方的な行為ではなくて、自分のした行為に対してリアクションが返ってきている。そりゃあ、(物理的には)板が共鳴しているだけかもしれないけど、地にうずもれている何か。魂みたいなものと呼応しているというふうに思えます。
羽生選手が「魂に対して捧げているな」と言えば、萬斎さんは「地にうずもれている何か。魂みたいなものと呼応している」と返します。気絶しそうになるほど、奥の深いダイアローグです。
古来、鎮魂の場において、「音」は重要な機能を担ってきました。その場に巣食う邪気を祓い、参加者の感情を浄化するのも、「音」が持つ機能のひとつです。
また、「音」には、ある一定のリズムを刻むことで、集合的な祈りの意識を醸成するという機能も有しています。
萬斎さんは、「音」の正体について「板が共鳴しているだけかもしれないけど」と語っています。科学的な観点でとらえれば、その通りでしょう。より正確に言えば、「音」は空気の振動という物理現象です。
しかし、それで終わらないところが、2人の表現者たる所以です。「音」を、ある種、霊的なものととらえ、死者と生者が交わる、いわば汽水域を氷上につくり出すことが可能ではないか、その実験を2人でやってみないか、と呼びかけ合っているようにも聞こえるのです。
さて2人の対談は8月11日朝、NHK総合テレビ「野村萬斎のラジオで福袋 テレビ特別編 ~野村萬斎×羽生結弦~」というタイトルで放送予定でしたが、大雨関連のニュースに差し替わったため、20日深夜(21日1:20~)に延期となりました。テレビ版では2人の表現や仕草についても注目です。

二宮清純