2025年2月17日(月)更新
羽生結弦、レジリエントな肉体
「未来に向かって歩く」ために

プロフィギュアスケーター羽生結弦選手が手掛ける「ICE STORY 3rd - Echoes of Life - TOUR」が2月9日、千葉県内の「La La arena TOKYO-BAY」で千秋楽を迎えました。羽生選手は、アンコールで「Echoesは終わるけど、皆さんが“未来に向かって歩んでいきたい”と思えるものになれば」と8300人の観衆に挨拶し、涙ぐむ一幕がありました。
「憎悪を押し潰す感覚」
Echoes of Lifeは「命」や「戦争」をテーマにしたSF調の物語です。羽生選手は戦争により地球でたったひとりだけ生き残ったNovaという主人公を演じました。
終演後の感想は次のようなものでした。
「ちょっと放心状態ではあるんですけど(笑)。何というんですかね。アイスストーリーは、言葉とか文字だけでは表現しきれない。スケートだけでも表現しきれない唯一無二のもの。今日の演技と演出、物語がこうやって映像に残ったり、また観に来てくださった方々の記憶に残ったりしてくれるのが、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです」
超満員の観客が沸いたのは、4曲目の「Mass Destruction-Reload-」と6曲目の「Ballade No.1 in G Minor,Op.23」です。前者は「マスディス」、後者は「バラ1(イチ)」と呼ばれています。
4曲目の「マスディス」は、直訳すれば「大量破壊」。ペルソナ3というプレイステーション2のロールプレイングゲームに使用されているラップ調の曲です。
羽生選手はゲーム内のキャラクターの仕草を模倣し、右手でピストルをつくり自らの頭を打ち抜くポーズを見せました。私が編集長を務める情報サイト・スポーツコミュニケーションズの大木雄貴記者が、「マスディスの時、Novaはどういう心境でしたか」と質問したところ、次のような答えが返ってきました。
「音を武器として、(憎悪の声と)戦っています。喜びや楽しいという感情で、憎悪を押し潰す感覚で滑っています」
「白鳥の水かき」
前作のアイスストーリー・RE_PRAYもそうですが、羽生選手はゲームから着想を得たヒントをパフォーマンスに落とし込むのが得意です。
6曲目の「バラ1」は、羽生選手が五輪連覇を達成した2018年平昌大会のショートプログラム曲です。Echoesでは平昌大会と全く同じ構成で臨みました。6曲目ともなれば、疲労はピークに達しているはずです。にもかかわらずプログラム後半にはトリプルアクセルと4回転-3回転の連続トウループを成功させ、タフネスぶりを証明しました。
「後半に2回のジャンプを跳ぶ難しさを改めて感じました。(演技時間が長い)フリーと違い体力を回復する余地がないのがショートプログラムの特徴です。難しいなぁ……とこのツアーを通して感じました」
羽生選手は千葉での2日間(7日と9日)の演技をノーミスで終えました。
「(1月の)広島公演の直前あたりから新しいトレーニングを始めました。可動域を広げるとか、単純に柔軟性を上げるというだけでなく、“使える体”の動きのトレーニング。それが今回、まとまってくれたという感覚。これからまた、どんどんと変わっていける感触や実感があります」
「白鳥の水かき」ということわざがあります。水面を優雅に泳いでいるように見える白鳥ですが、水面下では激しく水をかいている。人間もそれと同じで、世に達人や名人と呼ばれる人でも、いやそう呼ばれる人だからこそ、水面下、すなわち他人が見ていないところでの努力や工夫、研究を怠らないという意味です。羽生選手のレジリエントな肉体は、そこに起因しているように思われます。
3月には地元・宮城で3回目の「notte stellata」が待っています。

二宮清純