「本所・桜屋敷」は、鬼平という人物の奥底に触れるストーリー

待った甲斐がありました！
「鬼平犯科帳」新シリーズ第一弾「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」を見た人は、きっとこんな感想を抱き、ニンマリしたはず。松本幸四郎主演の“新たな鬼平”製作が発表されて約3年、ついにこの日が来たのである。目の前に現れた新たな鬼平は、颯爽として強い。そして優しさと色気を漂わせる。同心たちとの軽やかなやりとりには、幸四郎らしい愛嬌、親しみやすさも出て、味になっている。

劇場での完成披露の舞台挨拶に出た幸四郎は過去に叔父の中村吉衛門が鬼平役で使用した煙草入れをスタッフが用意してくれたことに触れ、感極まる場面があった。祖父の八代目幸四郎、吉右衛門はじめ、多くの名優が演じてきた役を引き継ぐことについて、幸四郎は「大変、光栄」「迷いはなかった」と語っていたが、俳優にとって大きな覚悟が要ることだったのだと思いが伝わってきた。

実は、こういう人間味は「鬼平犯科帳」には、欠かせないものなのだ。

主人公の長谷川平蔵は、江戸の凶悪犯罪を専門に取り締まる「火付盗賊改方」の長官（おかしら）であり、悪人からは「鬼」と恐れられる存在だが、弱い者たちには滅法優しい。身分や肩書で人を見ず、たとえ盗みを働いた過去があっても、これと見込めば密偵として厚く信頼する懐の深さがある。一方で家庭では、愛妻の久栄と仲睦まじく暮らすよき夫の顔も持つ。

この鬼平の人柄が、事件探索にも大いに影響してくるのである。
本作は、“本所の銕”と呼ばれ、手の付けられない不良青年だった若いころの平蔵（銕三郎）の経験が鍵となる。時がたち、火盗改の長官となって、本所界隈を見廻り中にかつての道場仲間で親友の岸井左馬之助（山口馬木也）と昔の悪仲間・相模の彦十（火野正平）と再会した平蔵は、若き日に左馬之助とともに憧れていた娘・おふさ（原沙知絵）についての噂を聞き、当時の恩師・松岡重兵衛（松平健）が絡む事件を追う。

荒れた日々を経験した鬼平は、未熟な自分がギリギリ悪に染まり切らなかったわけをよく知っている。現代のわれわれも「黒歴史」などと言うが、人生にはいくつも分かれ道があって、選び方ひとつで運命が変わるという点は、大いに共感できる。さらに鬼平は、裏社会を垣間見た経験から、盗賊の動きや仕組みを読めるようになった。その過去を分かち合う彦十とのツーカーぶり、左馬之助との友情も心に残る。「本所・桜屋敷」は、鬼平という人物の奥底に触れるストーリーなのだ。

“本所の銕”時代を、幸四郎の息子である市川染五郎が演じている点にも注目

“本所の銕”時代を、幸四郎の息子である市川染五郎が演じている点にも注目したい。染五郎は、撮影当時18歳。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の源義高や映画「レジェンド＆バタフライ」の森蘭丸の美しき貴公子ぶりが話題となったが、本作ではべらんめえの暴れん坊侍に。こうした役柄は初めてで、染五郎は着流しからチラリと見える足も無頼者らしく日焼けして見えるようにこだわったという。細身の銕三郎が、どっしりと重量感たっぷりの松岡（松平健）と向き合って圧倒される場面は、とてもリアル。過去の鬼平作品ではあまり描かれていない“本所の銕”の姿を視聴者の目に焼き付けた。

そして大詰め、鬼平と火盗改の同心たちは、盗賊捕縛に向かう。迫力の大捕物と「火付盗賊改メ、長谷川平蔵!」と名乗り上げるシーンは、シリーズの大きな見せ場だ。この名乗りについて、しっかり者の筆頭与力・佐嶋忠介（本宮泰風）、筆頭同心・酒井祐助（山田純大）はじめ、女好きのお調子者同心・木村忠吾（浅利陽介）も「鳥肌が立った」という。

2024年の幕開けとともに“新たな鬼平”が名乗りを上げた。5月には劇場版「鬼平犯科帳 血闘」が公開、連続シリーズ「鬼平犯科帳 でくの十蔵」「鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛」が放送決定。ファンとしてはニンマリが止まらないのである。

ペリー荻野