泉秀樹の歴史を歩く

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戦国のヒール・松永弾正の一生【2020年2月】

主君を裏切り、室町将軍を暗殺し、六十八歳で信長に牙を剥き、新しい時代を招きながら徹底して下剋上を生きた男。
戦国きってのヒール・松永弾正の生涯を追う。

登場人物プロフィール

松永弾正少弼久秀(まつながだんじょうしょうひつひさひで)

松永弾正少弼久秀
(まつながだんじょうしょうひつひさひで)

松永弾正少弼久秀(まつながだんじょうしょうひつひさひで)

松永弾正は、現在の京都市西京区の、京都・西ノ岡の商人であったとか、徳島県阿波市、阿波・市場の武士であったともいうが、確証がない。最近の研究で摂津・東五百住(大阪府高槻市東五百住町)の、約半町(50m)四方の水堀と土塁に囲まれた屋敷に住む、土豪クラスの出身であることがようやく判明した。生きていたのと同じ時代の肖像画も彫像も残存しないので、体格も、どんな顔の男であったのかもわからない。いま残されている弾正の画像は、江戸末期から明治初期の浮世絵師、月岡芳年が描いた絵と、落合芳幾が描いた「太平記英雄傳」の弾正像だが、月岡も落合も、弾正からおよそ三百年後の人である。さぞこういう激しい、因業じじい、悪の権化のような男であったに違いない、と願う庶民の夢にのっとった悪党面である。

第1章 弾正、頭角をあらわす

芥川城跡(三好山山頂/大阪府高槻市大字原)

弾正はどんな育ちかも不明だが、20代初めくらいから室町幕府の摂津守護代・三好長慶に仕えた。「内者」と呼ばれる直属の家臣で、右筆(書記)であった。三好長慶は、永禄初期に当たる1550年代の後半、畿内の広大な地域を支配しており、「戦国の最初の天下人」といわれる。弾正は、譜代の家臣ではなく新参の外様者であったが、実務派の官僚として次第に頭角をあらわして、34歳になるころには重役に出世していた。非常に頭の切れる優秀な文官であったが、35歳くらいからは武将としても活躍するようになった。やがては京都所司代弾正少弼に任じられ、三好家中における地位は、長慶の嫡男の義興と同格に近かった。長慶が最も信頼する側近にまで、着々と出世して、家臣でありながら、主家である三好家と肩をならべるほどにまで力をつけていった。

第2章  将軍暗殺と大仏殿炎上

大仏殿(東大寺/奈良県奈良市雑司町)

長慶が亡くなると、かねてから対立し合戦を繰り返していた室町13代将軍・義輝が、にわかにその存在を強く主張しはじめた。これは、弾正や三好三人衆にはまことに不都合迷惑なことであった。そこで、対抗手段として、自分たちのいうがままになる義輝の従兄弟・義栄を14代将軍として擁立した。そして、永禄8年(1565)5月19日朝、弾正の嫡子・久通と三好三人衆は室町幕府の二条御所襲撃に踏み切った(永禄の変)。ところが、手を組んでいた三好三人衆が、14代の新将軍・義栄を抱き込み、反・弾正側に立った。三人衆は、筒井順慶と同盟して弾正と攻防をくりかえし、ついには奈良の東大寺の念仏堂を本陣にして弾正とにらみ合った。そして、永祿10年(1567)10月10日夜10時過ぎに弾正は三人衆の陣を夜襲し、大仏殿が炎上する。

第3章  弾正と信長

松永屋敷跡(信貴山/奈良県生駒郡平群町)

ところが予期しないことが起こった。永禄11年(1568)9月26日、弾正より26歳も年下の織田信長が15代将軍候補の足利義昭を奉じて、岐阜から上洛したのである。信長の勢いに、新将軍・義栄は京都から阿波・徳島へ逃げ、その後腫れ物を病んで病没し政局は一変した。すでに61歳になっていた弾正は、三好長慶のように畿内随一の権力者ではあったけれど、信長という電撃的に登場してきた男の力がいかに強大であるかを、瞬時に読み取った。弾正はすぐさま信長に降服の使者を送って、娘を人質に差し出した。また、名物の唐物茄子茶入「付藻茄子」と、名刀「天下一振の吉光」を贈った。信長は、弾正を殺しても不自然ではなかったが、これを受け容れた。京都や大和をおさえるために、弾正の力を利用しようと計算したのである。

第4章 ブラックヒール

松永弾正の墓(達磨寺/奈良県北葛城郡王寺町)

天正5年(1577)8月、合戦のさなかに弾正は、突然戦線を離脱し、大和と河内の間の要衝の地に築かれていた信貴山城(奈良県生駒郡平群町)にたてこもった。弾正はずっと、信長に反逆する機会をうかがっていたのである。越後の上杉謙信が信長をつぶすために上洛するという情報もあり、弾正はその動きに呼応すべく、すでに信貴山城に三年分の兵糧をたくわえ、本願寺とも気脈を通じていた。加えて、中国の毛利も、兵庫まで進出してきていた。弾正には好意を抱いていた信長も、さすがにこの反逆を見逃すことはできなかった。信長軍の先鋒は弾正と長い間抗争を繰り返してきた筒井順慶だったから、凄まじい攻撃を加えた。弾正は8千の兵とともに徹底抗戦したが、将兵にしだいに疲れが出てきた。これで最後だと見きわめをつけた弾正は自害してしまう。

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