あなたの「みたい」が見つかるコラム

ハリウッドの最前線に踊り出てから30年を経て、映画人の貫禄を増しつつあるブラッド・ピット。俳優として『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』（2019）で念願のアカデミー賞を受賞し、プロデューサーとしてもオスカー受賞作『それでも夜は明ける』（2013）をはじめ多くの力作を放っている。そんな彼のキャリアを振り返りつつ、役者としての魅力と多彩な顔に迫る。

ブレイク期の主演作『レジェンド・オブ・フォール／果てしなき想い』（1994）は、20世紀初頭の米国の山地を舞台に、父と息子たちの数奇な生を描いた人間ドラマで、ピットは自由奔放な次男を演じる。ロマンスの主人公としての美ぼうに加え、野生児のたくましさの表現が魅力的。この頃から、アメリカの芸能誌で「もっともセクシーな男」に選出されるようになるが、それも納得だ。同じく1990年代の社会派サスペンス『デビル』（1997）でもイケメンぶりはフィーチャーされているが、こちらは都会に潜むIRAのテロリストという陰のある役。革命に殉じる覚悟の悲しき闘志像は鮮烈な印象を残す。

対照的に『セブン・イヤーズ・イン・チベット』（1997）では、美形の強調は抑えめといえる。なにしろ、第二次世界大戦下で捕虜収容所を脱走し、たどり着いたチベットで7年を過した登山家という壮絶な役どころだ。中盤は髭面がデフォルトで、身なりも状況によってボロボロになる。それゆえに熱演のすごみはひとしおだ。犯罪コメディ『スナッチ』（2000）も身なりの汚れ具合では引けをとらない。放浪グループのリーダー役で、ボロをまとってはいるが頭が切れて抜け目ない男という設定。本作は群像劇で、ピットはアンサンブルキャストの1人という小さなポジションだが、賭けボクシングのリングに立つ姿を含めてカリスマ性が大いに発揮された。

2010年代になると年相応に家庭を持つ父親という役が増えてくる。製作を兼任した実話ベースのドラマ『マネーボール』（2011）では、統計学に基づき限られた予算で球団の補強を成功させるメジャーリーグ・チームのゼネラルマネージャーを演じた。選手としての挫折した過去を持ち、かんしゃく持ちだが仕事熱心で、別れた妻との間にできた娘を溺愛する男。そんなふくよかな人間性を説得力十分に表現した好演に、アカデミー主演男優賞ノミネートも納得がいく。また、ＳＦスペクタクル『ワールド・ウォーＺ』（2013）ではゾンビパニックの中で、人類救済のために世界を駆ける元国連職員に扮した。危機に直面してはサバイバルし、愛する妻子のもとに帰ろうとする父親像に熱がこもる。

先述のオスカー受賞作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』になると、完全にイケオジの境地。俳優のキャリアが下火で弱音ばかりの主人公（レオナルド・ディカプリオ）に対して、ピット演じる付き人は彼を励ますいい人であるばかりか、どんな揉め事も度胸の良さで解決する。日本を舞台にしたコメディアクション『ブレット・トレイン』（2022）も設定上は“世界一不運な殺し屋”だが、死闘の連続でボロボロになりながらも生き延びるのだから、トラブルに対処する能力は高いといえる。

このように多彩なキャラクターに挑んできたピット。還暦を迎えてますます精力的で、2024年には「オーシャンズ11」シリーズの盟友ジョージ・クルーニーとの共演作『Wolfs』（原題）の公開が控えている。ピットの俳優としての魅力に改めて触れつつ、新作に備えてほしい。

文：相馬学